第94話 異形の者

魔人達は、キョロキョロと俺を探している。その姿は俺を恐怖させるのに十分だった。


(こえー……。)


しかし、距離も出来たことで、冷静に俺は奴らを観察できた。


白い肌。やけの細い体。細マッチョという感じだ。

頭だけは異様に大きい。その頭もまた白い。


ツルンとした肌で、凹凸などは一切ない。性を象徴するものも無く、そのため雄か雌かを判別することは出来なかった。


そもそも、魔人に性別があるのか知らないが……。


卵型の頭部で、頭部の真ん中あたりに真っ赤な口がついていた。


(口だけ妖怪みたいだな……。)


(あの口が厄介じゃ。良く見てみぃ?中は牙で埋め尽くされている。)


俺は視線を凝らして見てみた。


口の中は、キザキザの牙がびっしりと生えている。


(あの牙は、固い岩でもかみ砕く。噛みつかれたら、腕や足は失うと思え。)


(……ごくり。)


いずれにせよ。今魔人達に見つかったら、俺に命は無い。


この気配隠蔽に頼る他ないのだ。


「ふー……ふー……。」


(ヤマト!もっと呼吸を落ち着かせろ。)


(そ、そんなこと言ったって……。)


朝から歩き通しだ。それに先ほどの激走。息を平常モードに持っていくのなんて不可能だ。


しかし、大丈夫だ。


このスキルは、そこまで低レベルじゃない。呼吸音くらいではバレないだろう。


「ゲカ?」


しかし、1体の魔人がこちらに目を向けた。


(ん?)


「ゲカカ?」


「ガロロ?」


何やら10体で相談しながら、しきりにこちらの方向を指さしている。


良く見れば、指が3本しかない。それがまた気色悪さを引き立てた。


(ま、まじか!バレた!)


(低級魔人がか?不可能じゃ……。)


リリスは視覚化している。彼女の姿が見えているわけが無い。


しかし、現実に魔人達はこちらを気にして歩き始めている。


(バレてる!バレてるよ!リリス!)


俺は立ち上がって走り出そうかと思った。


(ま、待て!バレていれば即座に襲い掛かってくるはずじゃ……。それが無いということは見えていないのじゃ。)


(そ、そんなこと言ったって……。)


魔人までの距離50m……40m。


(…………。)


(…………。)


俺とリリスは恐怖に耐えながら待った。


距離10m


(も、もう無理だ!逃げるぞ!リリス!)


(ま……。)


その時だった。


ズオン!!


大きな地響きがした。


(う、わ……。)


(な……。)


地面が軽く揺れた。地震では無い。何故なら、目の前に大きな”何か”が落ちてきたからだ。


俺とリリスは、その”何か”を観察した。


身長3m。 


ヤギのような頭に、鋼のような黒光りする肉体。腕は人間のものだが。足先はヤギの足だ。


ヤギの頭には、大きな角が2本生えていた。その角はヤギのものではあく、太く尖っている。まるで鉄で出来ているような角だ。


明らかに人間では無い……。かと言って魔獣ではない。


その異形のものが放つ魔力が異質だった。


ビリ……ビリ……。


空気がヒリつく感覚。こんな魔力を持った魔物、魔獣に出会ったことが無かった。魔力量で言えば、魔人など比では無かった。


(な、何だ!?あの化け物は……。)


(……あれは!)


リリスの声に緊張が走る。


(リリス!あれが何か知っているのか?)


(あり得ない……。あり得ないのじゃ。なぜここに……。)


リリスが完全に動揺していた。その顔は絶望に染まっている。魔人相手でも、リリスはここまで我を忘れることは無かった。


(一体……。)


俺が異形の化け物に目を向けると、信じられないことが起きた。


「グォォォ!!」


化け物が叫ぶと、魔人へ突進。


否……。瞬間移動したかのようなスピードで、それは弾丸と化していた。


ズシャ!ズシャ!


2体の魔人が串刺しになる。


「え!?」


俺は驚いた。魔人2体が、呆気なくやられたのだ。


「ゲカァ!!」


「ゲルル!!」


残り8体の魔人は、異形へ襲いかかる。


ガキ!


魔人達は大きな口を開けると、異形の化け物の手・足に噛みついた。


(あ!)


岩をも砕くという、あの強力な牙に噛みつかれたのだ。無事で済むはずがない。


しかし、状況は何も変わらなかった。


何も……。


「ゲカ?」


「ゲルゥ?」


魔人達も異変を感じたようだ。異形の化け物に反応が無いのだ。


痛がる風でもなく、ただ立っていた。


(一体……。)


俺が呆気に取られていると、突如として異形の化け物が喋った。


『痒い……痒い……。魔人の牙が痒いな。』


(……ぞく。)


まるで地獄の悪魔が放つ声のような、低く重みのある声だった。


生物的嫌悪……。いやそうでは無い。


存在自体が、この地上界に有ってはならない者。そんな印象を受けた。


『いつまで噛みついておる。虫が。』


そう言うと、化け物は魔人を引きはがして殺し始めた。


そこから先は一方的だ。


化け物が、魔人を拳で殴りつけ。足で潰し。角で引き裂いた。


当然、抵抗する魔人達。噛みつき、殴りかかる魔人。


しかし、ダメージを一切負わない化け物。


体自体がダイヤモンドで出来ているのではないか?というほど、化け物の体は硬かった。


化け物は、1体1体を1撃で仕留めていった。


30秒……。いや、20秒かからなかったのでは無いだろうか。


魔人はすべて殺された……。


(う、うそだろ……。)


俺は伏せながら呆然と、その光景を見ていた。


呆気なく。魔人はすべて殺された。


周辺には、肉塊となった魔人の死体が散乱している。


俺の天敵とも言える魔人達は消えたのだ。


(も、もしかして、この化け物は俺の味方?)


俺がそんなことを思ったとき、リリスが否定した。


(あれは味方などではない無い。災厄と言ってもよい。)


(リリス。教えてくれ。あの化け物は何者なんだ?)


すると、リリスは憎々し気な声を出した。


「あれは悪魔。悪魔バフォラットじゃ。」


「悪魔!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る