第73話 月の糸の持ち主

山火事について、リリスが首を傾げた。


「山火事などあったか?てんで気が付かなかったわい。」


ルシナは笑った。


「ここから南にきれいな湖があるんだけどね。その湖畔で火事が起きたのさ。」


湖!?この魔獣の森には湖まであるのか!


「へえ!それは知らなかった。実は、ここからあまり動かないんですよ。」


「そうだね。ここから歩いても丸2日はかかるし。知らないのは無理がないよ……。」


「2日!そりゃ、結構遠いですね。」


「この魔獣の森は広いからね。」


リリスはそれでも納得いかないようだった。


「しかし、エルフの国はここから数万kmはあるぞ。山火事がよく分かったのぅ。」


「うん。実はブルーサファイア王国と、この魔獣の森は転移門でつながっているんだ。異変があればすぐに報告があるようになっている。」


「転移門か!なるほど!合点がいったわい!」


「転移門……?」


すると、リリスが教えてくれた。


「魔法陣の一種での、遠く離れた場所と場所を異空間でつなげる技術じゃ。」


「そ、そんなものがあるのか?」


「ワシの時代にはロストテクノロジー化していたがのぅ……。エルフは発展しているのぅ。」


リリスが感心したような声をあげると、ルシナは笑いながら答えた。


「エルフにもそんな技術ないよ。」


「でもさっき、転移門って言っておったじゃろうが……」


「はるか数千年前に、えらいエルフのご先祖様がここに転移門を作ったんだ。」


「ほう。まさにロストテクノロジーを使っているんじゃな。」


「うん。転移陣の研究は進めてはいるんだけどね。」


「へぇ……まったく判らない。」


俺が間延びした声でそう言うと、ルシナは笑った。


「あはは。」


なんだか一気に柔らかい雰囲気になるのだった。


「それで?山火事ごときで、何故エルフの軍が動いているのじゃ?」


リリスに同感だ。


確かに、それで遠い魔獣の森まで来るなんて違和感がある。


「うん。これは極秘事項なんだけど、君達は信用できる。教えてあげる。」


「それはどうも……。」


「他言無用だよ?約束できる?」


もったいぶるルシナ。焦らさないで欲しい。


「約束する。なぁ?リリス。」


「了解じゃ。」


「どうも魔界からの魔族が降りてきて、それに関与してるらしいんだ。」


「魔界!?」


「そう。魔界からの波動を検知している。」


「た、大変なことじゃないですか!」


「かなりね。でも、決定的な証拠が取れてないんだ。」


「なるほどのぅ……。それでエルフ軍の斥候として動いているのか?」


「うん。そうなんだ。それで、この穴ぐらを見つけてさ。怪しいな~って思ってたら、ヤマト達と出会ったってわけ。」


「あはは……。確かに俺のマイホームは、怪しさ抜群ですからね。」


俺が右手首を上げてポリポリと頭をかく。


すると、ルシナは俺の手首を凝視した。


俺は勘違いかと思って、右に手首を動かす。


クイ……。


すると、ルシナの首も右に動く。


クイ……。


左に動かすと、ルシナの頭もついてくる……。


クイ!クイ!


ぐるぐるとルシナの頭が回る。


(うはは。面白いな。)


ルシナが笑いながら怒った。


「も、もう!人の頭で遊ばないでよ!」


「す、すみません。でも、何で俺の手首を見ているんです?」


「そ、それは……?」


ルシナは俺の手首を指さす。


「え?」


見れば、俺のピップエレ〇バンこと、月の糸のリングがぶら下がっていた。


ルシナは大きな声を上げる。


「そ、それは月の糸だよね!?」


「え?あ、ああ。これ?昔貰ったんだよ。」


目を見開いて大きな声を上げるルシナ。


「だ、誰に!?精霊と交信したり、月の糸を持っていたり、君は一体何者なんだい?」


血相を変えるルシナに俺とリリスは、顔を見合わせた。


どうしたと言うんだろう?


「確かに月の糸は珍しいものと聞いているけど、そこまで驚きます?」


「あたり前だよ!月の糸は、エルフ王族しか身に着けられない代物だよ!」


「え、王族?」


驚く俺を見てルシナが続ける。


「ブルーサファイア王家の者が、出生と同時に授けられる非常に貴重かつ、重要な意味を持つものなんだ。それを何故ヤマトが持っているの!?」


ガクガクと、俺の肩を揺らすルシナ。


や、やめて……首がガクガクしちゃうから!


「ちょ、ちょっと。ルシナ!」


すると、ルシナが「はっ!」とした顔になって俺を元に戻す。


「ご、ごめん……。」


俺は仕切り直すかのように、リリスに声をかけた。


「そ、そんなに貴重だったのか?リリス?」


「確かに……。ワシの時代でも貴重じゃった。それがさらに希少になったということか。」


その言葉にルシナは眉をひそめる。


「”ワシの時代”?」


やばい。リリスが何千年も前の人だとルシナが知るはずもない。誤魔化さなきゃ!


「ああ!ごめん。リリスは変な言い回しをするから……あははは!」


「そ、そう?それはそうと。月の糸はどうやってヤマトの手に?」


(ほ……。どうやら誤魔化すことが出来たようだ。)


「結構前に、ラスタリス王都レシータで貰ったんだよ。」


「だ、誰に!?」


食い下がるルシナ。


ここは嘘をついても仕方ない場面だ。俺は正直に答える。


「名前は知らないんだけど……。グリーンの髪の女の子に……。ハイエルフだって言っていた。」


「!!」


ルシナは驚きのあまり、2歩ほど後退した。


「ど、どうしたんです?ルシナ?」


「そ、その子は確かにグリーンヘアーだったの?」


「う、うん……。」


「…………。」


ルシナは無言になっていた。


そして、たっぷり間を開けて呟いた。


「その子は、王位第二継承権者のイハネ王女様だよ。ヤマト。」


「……え?」


何やら、大変なことになってきた。

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