第118話 ラスターの決意
魔界の王は、エングルドを除いて3人いる。
魔界は地上界とは違う。住まうものは強大な力を持ち、凶悪だ。
それらを統治するのであるから、魔王達の実力は神とも均衡している。
魔界は三分割されている。その三つの土地を3魔王が統治していた。
強大なスキルと魔力で、魔界の最大勢力とされているのが『幻惑王メフィスト・フェレス王』
知略と謀略でのし上がった、『蠅の王ベルゼブブ』。
絶大なパワーと鋼の肉体を持ち、力のみを正義として恐怖政治で統治している『豪王ジャドール』
各々が、各々の法律に従って魔族達を従えている。ここで言う魔族とは、知性を持った魔の者達のことだ。
この3魔王のうち、地上界に今もっとも注目しているのが、『蠅の王ベルゼブブ』だ。
部下からの報告で、神が地上界のとある人物を探しているという情報を得たからだ。
信じられないことに、その神は上位神『美と武の女神オステリア』だと言うのだ。
上位神が、地上界のいち人間を探すなど有り得ないことだ。
(何かある……。)
そう睨んだベルゼブブは、腹心である魔人ラスターを地上界に調査に行かせた。
ベルゼブブ軍の強みとして、斥候や調査が得意なことがある。使い魔である蝿魔達は、小さく数に限りが無い。地上にいるハエと何ら形状が変わらないことも起因している。
大量の蝿魔を地上界に向かわせ、それをラスターに管理させたのだ。見つからないわけが無い。
やがて、一人の子供の名前が浮上した。
名は、ヤマト・ドラギニス。
ラスターの報告では神レベルの魔力を持った子供であり、絶滅した龍人族の王リリスが傍らに居たというのだ。
(神レベルなど有り得ない……。しかも、リリスだと?リリスは死んだはずだ。)
決して、捨ておけない情報だ。
ベルゼブブの勘が、「魔界と神界を揺るがす何か」と告げていた。
ベルゼブブは、小手調べとばかりに魔人数体を放ち、そのヤマトを襲わせた。
結果は信じられないことに返り討ちにあったと言うのだ。
魔王ベルゼブブは決意する。そして、最終決定を告げた。
『近衛兵長ラスターに命令する。一時、兵長任務を解く。その代わり地上界にいる。龍人王リリスを捕らえて来い。ヤマト・ドラギニスは捕らえてくるか。殺せ。』と……。
衝撃的な通達だった。
近衛兵長の任務を解かれたのだ。
さしものラスターも「左遷か……?」と思ったが、ベルゼブブは何故かヤマトという人物を危険視していた。さらにリリスという人物も高く評価しているようだった。
おそらく、これは重要な任務なのだ。
そう自分に言い聞かせて、ラスターは任務を遂行すべく必死にヤマト・ドラギニスを探した。
それは死にもの狂いで探した。
うっかり魔獣の森で、自身の紋章でもある。近衛兵長の紋章を落として失ってしまったくらいに。
蝿魔を使って回収することも考えたが、時間が惜しい。紋章など、地上界では何の意味も為さない。一度魔界に帰ってラスターは予備を手に取った。
解任されているとは言え、それを身につけていないと本当に左遷された気分になってしまうからだ。
これはラスターの誇りとも言えた。
紋章を身につけて捜索を続ける。
しかし、いくら探しても見つからない……。
これも不思議だった。
蝿魔達を地上界に解き放った数は、数十万にも及ぶ。
これだけの数で調査に向かわせて見つからない……。あり得ないことだ。
しかし、おめおめと任務を完遂せずに帰れば自分の身が危うい。
魔王ベルゼブブの腹心中の腹心として、ラスターの名は魔界では多く知られている。
その自分が、地上界の人間1人を探し出せないともなれば沽券にかかわる。
ラスターは必死だった。
蝿魔の数も、数百万に増やした。
しかし、結果は同じだった。
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そしてラスターは方針転換した。
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ヤマト・ドラギニスの実家を探したのだ。
それはすぐに判明した。
数年前に、魔人ゲーカト種が寒村であるカタナール村で殺された情報を入手。そこから遡り実家までを特定した。
ラスターは、その家を慎重に調査した。
「まさか神レベルの人間が、そこに住んでいるわけはあるまいな……。」と、心配になったのだ。それはそれで重要な問題となり得る。
どうやら人族の家族が住んでおり、男と女……それに赤子1人が居るだけのようだ。
男の名前は、リカオン・ドラギニス
女の名前は、マリーシア・ドラギニス
赤子の名前は、アカシャ・ドラギニス。
男と女は、人族にしては高い戦闘能力があるようだが、所詮は人族。取るに足りない人物達だった。
赤子のほうは……。
「ほう……人族か?あの赤子は?」
ラスターの魔眼で調査した結果。アカシャ・ドラギニスは高い魔力保有者であった。
「これほどの魔力は通常ハイエルフか、龍族にしか備わるはずが無いが……。」
しかし、魔人ラスターからすれば、それも大した変わりは無い。所詮は地上界の者達のレベル違いに変わりが無い。
魔人とは、地上界とは一線を画しており。決して、負けることのない強靭な肉体と魔力を備わった「選ばれた種族」なのだ。
(さて……。ここからどうするか……。)
ラスターは悩んだ。
このまま監視していても良いが、外から監視しているとリリスやヤマト達に見つかってしまうのは明白だ。
魔王ベルゼブブからも再三注意を受けている。
「リリスを侮るな。奴は魔界でも有名な女。お前の策略などすぐに看破されるぞ。」
確かに、龍魔大戦のときのリリスの有能さは、魔界からも見えていた。
彼女を出し抜くのは大変な作業になるだろう。
ラスターは考えた。
「監視しつつ。リリスやヤマト達が帰って来たときに瞬時に対応せねばならない……。そうだ……!」
突拍子もない作戦をラスターは考え着いた。
「足元を人は見失うものよ……。よし。」
ラスターの作戦は、こうだ。
「ドラギニス家の内部に入り込むこと」だ。
さしものリリスもヤマトも、魔人が自分たちの家族と住んでいるとは思うまい……。そう考えたのだ。
問題は、どうあの人間たちを騙すかだ……。
人間とは不思議な生き物で、弱弱しく。か細い者を守ろうとする習性があるらしい。
「よし……。恥もクソもない。任務を遂行するのだ。」
そして、魔人ラスターは行動に移した。
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その日、外は雨音で満たされていた。
マリーシアは、赤子であるアカシャを抱きながら窓から外を見る。
これはマリーシアの癖になっている。
「いつか……。ヤマトちゃんが帰って来るのでは?」
マリーシアは、そう信じ。
ヤマトの部屋を、彼が消えた日のままにしてあった。
「ふぇぇ。ふぇぇ。」
アカシャが突然に泣き出す。
「あらあら……。アカシャちゃん。お腹が空いたのかしら?リカオン!」
マリーシアはリカオンを呼ぶ。ミルクの準備をしてもらうためだ。
リカオンは奥から出てくる。
「どうした?」
「アカシャがぐずっているの。ちょっと抱っこしておいて?ミルクを作ってくるから。」
「わかった。おーよしよし!アカシャ。可愛いね~。」
リカオンはデレデレだ。
しかし、彼女は知っている。
リカオンは、いまだにヤマトを捜索し続けていることを……。
アカシャのことを愛することと、ヤマトを愛している気持ちが決して別ではないことを……。
(…………。雨、いつ止むのかしら?……え!?)
マリーシアが窓の外を見やると、視線が止まる。
「リ、リカオン!あれって……。」
リカオンも目を凝らす。外庭の先にある門の手前に誰か倒れているのだ。
それは少年のようだった。
「ん……行き倒れか?お、おい!マリーシア!外は雨だぞ!」
「ヤマトちゃん!ヤマトちゃんよきっと!」
止めるリカオンを無視して、マリーシアは既に外に出ていた。
ドシャ降りの雨の中。
ズブ濡れになりつつ、マリーシアは門を開ける。
「はぁ!はぁ……ヤマ……!」
マリーシアは、そこに倒れている子供を見て、それが我が子でないことを悟った。
それは黒い髪の少年だったのだ。
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