第221話 良き商人がおったもの
「しかし……」と、アーロンとリアンドラの動揺を鎮めるように、サラリスがゆったりと口を開いた。
「もし、西南伯様も同じところに送られているのだとすると、リーヤボルク本国がその事実を秘す理由がありません。むしろ大々的に喧伝し、西南伯家を脅迫するはずです。……もともと、王都を占拠するリーヤボルク兵には謎が多い。本国と連携が取れているようには見えぬのです」
「たしかに、それはそうです」
つばを飲み込みながら、アーロンが応えた。
「……いずれにせよ、バシリオス殿下の移送先が判明したら、とも力を合わせ、我らでお救い申し上げましょう」
馬車は野営を繰り返すが、あとを追うアーロンたちは焚火を使えない。
干し肉やビスケットなどで飢えをしのぎながら草むらに身を潜めて監視する。いつ出立するか分からないので、交代で寝ずの番をして見張る。
そうして追い続けること、さらに数日。
距離をおいて停止した馬車を囲んで、なにやら騒ぎが起きていた――。
「ご、ご命令に、そ、背くのかぁー!?」
と、ヨハンの雷のような怒鳴り声が響く。
異変に気付いたアローンが抜剣して様子を窺うと、護送のリーヤボルク兵たちが内輪もめしていた。
「うるせぇ! こんな何もないとこ旅するのは、もう、うんざりなんだよ!」
「女を待たせたままだ。ほっておいて浮気でもされたらどうしてくれるんだ!」
「で、でも、命令に背くの、よくない」
「さっさと王都ヴィアナに帰りたいんだよ!」
と、制止するヨハンの巨体を押し退け、馬車の扉に手をかけるリーヤボルク兵。
チッ。
苦々しげに舌打ちしたアーロンが飛び出す。
あとに、リアンドラ、アメルも続く。
護送の兵たちは、バシリオスを移送するのが面倒になって、途中で斬り捨ててしまおうというのだ。
質の悪い蛮兵たちのふる舞いに、苛立ちながら斬りかかる。
「敵だ! 敵襲! 敵襲!」
騒ぎ出したリーヤボルク兵を次々に斬り捨てるが、さすがに数が多い。
アメルの目に、馬車から引きずり出されたバシリオスとサラナの姿が映った。
「お祖父様!!」
その叫びに、兵士たちが色めき立つ。
「お祖父様だと!? まさか、こいつもテノリアの王族か!?」
「じゃあ、捕えたら褒美がもらえるんじゃねぇか!?」
「おう! やってしまえ!! 多少ケガさせても、生きてりゃいい!!」
兵士たちの興味がアメルに向いた瞬間、
ポーンッと高く、一本の剣が投げられ、それをバシリオスがつかんだ。
たちまち、嵐のような剣塵が舞い、周囲の兵たちが斬り伏せられる。
「よう、奇遇だな」
と、アーロンの肩を叩いたのは、北の元締めシモンの若頭ピュリサスであった。
ピュリサスの投げた剣は、バシリオスの足もとに死体の山を築きつつある。
――敵ではない。味方である。
いまのアーロンには、それだけで良かった。ピュリサスが何故ここにいるのか、問うている
サラナの声が鋭く飛ぶ。
「ヨハン! うしろ!」
しかし、蛮兵の剣がヨハンの脇腹を貫く。
巨体をよろめかせ、馬車に寄りかかるようにしてサラナの前をふさぐヨハン。
その背に次々と剣が突き立てられる。
「ヨハン!!」
「……サラナ。……仲良く、してくれて……、嬉しかった……」
「馬鹿! そんなこと……」
「サラナ……、の中……、とても気持ち……よかった……」
「ほんとに、なに言ってんだお前!? こんなときに!!!」
「……いい、お嫁さんに……、なれ……る……」
崩れ落ちるヨハンの巨体が、サラナに圧し掛かる。
その重みを、サラナはよく知っていた。決して愉快な記憶ではない。しかし、自分を守って死んでゆくヨハンに涙があふれた。
自分もこのまま消えてなくなる方がよいのではないかと――、涙が頬をつたった。
バシリオスを囲む蛮兵は、まだ数十名にのぼる。
その輪の外側からアーロンやリアンドラが斬りこんでいるが、まだ遠い。むしろ、アメルに集中し始めた攻撃をしのぐのに手をとられた。
――くっ。届かぬか?
と、アーロンが奥歯を噛みしめたその時、
狼の遠吠えが響いた――。
次の瞬間、目のまえの蛮兵の首に、矢が突き立つ。
矢筈には西南伯の紋。
さらにアーロンたちとは反対側から、水色がかった銀髪をした騎士が斬り込んでくる。
流麗な剣筋は舞っているかのごとくで、蛮兵の首がみるみる宙を飛ぶ。
あらたな敵の出現に狼狽えた蛮兵。
一瞬の逃げ腰を見逃すアーロンではない。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお! そこを退けぇいぃぃ!!!」
体当たりで敵を吹き飛ばすアーロン。
転がるようにしてバシリオスの横にいたり、剣を構えた。
「バシリオス殿下! 西南伯公女ロマナ様が近衛兵アーロン! 義によりお救い申し上げる!」
「うむ、大儀である……」
息を乱しながら応えるバシリオス。
往時に比べれば痩せ衰えているが、剣をおおきく構えるその姿に、王者の威風は健在であった。
身震いしたアーロンが、蛮兵の胴をなぎ払った。
「アメル親王もいらっしゃいます!」
「左様か」
会話を交わしつつも、ふたりの剣は休むことなく蛮兵を斬り裂きつづける。
「さすがは猛将バシリオス殿下の武威! 剣を並べて闘うは、我が一生の誉れにございます!」
「どこぞの商人が、牛の肉をたらふく食わせてくれたからな!」
「はっは! それは良き商人がおったものですな!」
やがて、
「殿下! ヴィアナ騎士団千騎兵長カリトンにございます!」
「大儀である」
と、バシリオスの両脇をアーロンとカリトンが固めた。
半数以下にまで減った蛮兵のひとりが、踵を返した。
「だ、だめだ! こんな奴ら、相手にしてられるか! 逃げろ、逃げろ――っ!」
それを合図に、散り散りに逃げてゆくリーヤボルクの蛮兵たち。
バシリオスはふり上げた剣を地面に突き立て、その場に座り込んだ。
そこに、駆けてきたナーシャが飛びついた。
「バシリオス……、バシリオス……」
「母上。このようなところで、なにを……」
「そんなこと……、そんなこと……、一言では説明できぬわ――ん!!」
最後は泣き声になったナーシャは、バシリオスを堅く抱きしめて放さない。
やがて、アリダも父のまえに膝をついた。
「お父様……。よくぞ、ご無事で……」
「無事とは言えぬが……」
ヨハンの巨体の下から引っ張り出されたサラナに、ロザリーが寄り添う。
「バシリオス殿下……。お久しゅうございます」
「ロザリーまで……。ひょっとして、私は死んだのか? 死んで夢でも見ておるのか?」
「いいえ、すべて
そして、バシリオスを囲む輪に、アイカも加わった。
「おお……、そなたは《無頼姫の狼少女》ではないか」
「はいっ!」
微笑んだアイカは、リティアから贈られた肩当てにかけた布を、そっと外す。
「……バシリオス殿下。《無頼姫の狼少女》は、リティア殿下から
「左様か……。時は流れゆくな」
「ご無事でなによりにございます。
スパラ平原の決戦に敗れ、囚われの身となっていた王太子バシリオス。
混迷ふかめる大地の、表舞台に返り咲いた――。
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