第15話 禁忌と狼(1) *アイカ視点

 ――やっぱ、綺麗な顔だわぁ。



 白狼タロウを挟んで私の右側を歩く、カリトンさんの顔を見上げた。朝から昼に移ろうとしている陽光が専用のスポットライトみたいだ。


 左側には、銀に輝くザンバラ髪を風に揺らして歩くヤニス少年がいる。


 黒狼ジロウを挟んでいるとはいえ、私にとっては充分に至近距離だ。両脇を美男子と美少年に護られて、賑やかな街を通り抜けていく。



 ――昨夜の美人さん祭りから一転、今朝は美男子祭りですかぁ……。



 ざわつく街の人たちの声がたくさん聞こえるけど、内容までは頭に入ってこない。昨日も通った道のはずなのに、街の人たちに注目されているのが今日は分かる。


 様々なお店が並んでいて人がたくさん行き交う。これでも裏通りなのだという。



「あとひと月ほどで『総侯参朝』という祝祭が始まります。街が賑やかなのは、そのせいですよ」



 と、カリトンさんが澄んだ声で優しい微笑みを向けてくれた。



 ――うわぁぁぁ。美形!



 教室では遠巻きに愛でるしかなかったキラキラした人たち。今はそれ以上の美形が、至近距離で笑顔を向けてくれる。


 けれど、勘違いしてはいけない。カリトンさんは、私が『第3王女リティア殿下の侍女』だから、フレンドリーに接してくれているんだ。


 と、自分に言い聞かせるものの、やはりつい見とれてしまう端正な美しさ。


 朝一番に、王太子ご夫妻がリティアさんの宮殿に来られた。



「昨日の詫びに来られるのです」



 と、侍女の先輩であるクレイアさんから教えられて、皆さんズラリとおそろいのバルコニーに通された。


 そこにカリトンさんもいた。


 昨日、私に悪いことをしようとした悪い騎士はカリトンさんの部下で、カリトンさんは王太子殿下の部下……。



「おそらく、何気ない会話だけ交わされますが、詫びの意味があるのです」



 クレイアさんに予め説明されなければ、どういう場なのか何も気が付かなかったに違いない。


 王太子殿下とリティアさんは、ずっと、とりとめない会話でニコニコしてる。ニコニコのキラキラだけど、王族ってなんだか大変だ。


 王太子のバシリオス殿下は、あのムキムキお爺さん国王の息子らしくガッシリとした体付き。ライオンを思わせる金髪が印象的で、切れ長の目をした美男子おじさんって感じで、国王陛下よりも、リティアさんのお父さんらしく見える年の頃。



 ――よく運動させてやれ。



 と、タロウとジロウにかけた王様の言葉は、私が思うより遥かに絶対のものらしく、早速、郊外の森に連れていくことになった。



「ならば、カリトンも護衛に」



 という、厚い胸板に反するかのように柔和な眼差しをしたバシリオス王太子殿下のお言葉で、同行してくださることになったカリトンさん。


 雑談しに来るのが『詫び』なら、カリトンさんの同行にどんな意味があるのか、ノリもルールも分からなくて反応に困っていると、リティアさんが左衛騎士のヤニス少年も護衛に行かせると仰って笑顔を向けてくれた。



 ――あ、OKってことですね。



 でも、偉いのよね? カリトンさん。たしか、千騎兵長って言ってた。昨夜、ご一緒させてもらった割れた腹筋が素敵なドーラさんと同じ。千人従える人ってことだよね? たぶん。


 水色がかって光るよく整えられた灰色の髪をたなびかせる、文弱の貴公子然としたカリトンさんだけど、きっとお強いんだろうな。


 フェンシングとかしてほしいわぁ。面を取ってこの顔面が出てきたら悶えるだろうな。


 それにしても、タロウとジロウがこんなに『人馴れ』してるとは思わなかった。騒がしい街中を大人しく歩いてる。


 守護聖霊? が、憑いてるって言ってたし、やっぱり特別な子たちなんだろうか。


 そういえば、異世界っぽいワード『守護聖霊』のことを『ある』って表現してたのはなんなんだろう?


 守護されてるとか、加護を受けるとか、守護聖霊持ちとか、そんな表現になりそうなのになぁ……?


 とにかく関係なさそうなことを考え続けて、美男子と美少年を引き連れて歩く緊張をやり過ごしているうちに街を抜けて草原に出ると、風が気持ちいい。


 タロウとジロウが、ウズウズし始めたのが分かった。


 そろそろ走りたいよね? カリトンさんとヤニス少年に許可をもらってタロウの背に乗る。



 ――乗るんだ。



 という二人の視線が、ちょっと気恥ずかしかったけど、カリトンさんとヤニス少年も、連れて歩いていた馬に乗って走り出した。


 狼にビビらない馬たちも、よく訓練されているのか乗り手のことを信頼しているのか、堂々とした走りっぷりだ。



「交代だからね」



 チラチラ見てくるジロウに声をかけた。


 交代で乗ってやらないと焼きもちを焼くところが可愛い狼たちなのだ。

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