第16話 禁忌と狼(2) *アイカ視点

 ――まず最初に覚えてほしいのは『陰口』です。



 ジロウに乗り換えて草原を駆けながら、起きてすぐに部屋に来てくれた侍女長アイシェさんの言葉を反芻する。



「王宮には沢山の人が暮らして働いていて、その八割が噂話と陰口で出来ていると言っても過言ではありませんっ!」



 ふぉぉぉぉぉお。生々しい。いきなり生々しすぎます。



 ――まず、『聖山戦争』のことを『収奪戦争』と呼んではいけません。



 アイシェさんの言葉を復習して、美形男子2人に挟まれて行く緊張を紛らわせる。


 向かっている北の方、真正面で遠くにひときわ高くそびえる山が聖山と呼ばれるテノポトリ山なのだと教えてもらった。


 東京タワーから眺める富士山くらいの距離に見える、確かにありがたそうな威容を誇る大きな山だ。



「聖山の神々を崇める『聖山の民』が住まう360の街や村の、領主や豪族を『聖山三六〇列候』と呼ぶのだけど、先代王スタヴロス様が列侯領それぞれに祀られていた神々を『聖山に帰す』との誓いを明らかにされて始まったのが『聖山戦争』です」



 クレイアさんは、堅苦しく感じさせないような微笑みを浮かべて話してくれる。


 ちなみに、皆さんと同じテイストのデザインで、黒を基調にしたお洋服を女官さんに着せてもらい、クール系のアイドルユニットの一員になったようで、テンションが爆上がりした。


 私がお世話になるテノリア王国では『侍女』というのは特別な役職らしい。


 王族方の日常のお世話をするのは『女官』の皆さまで、『侍女』には決まった仕事がなく、王族の側近として仕える。そういう仕組みになったのには色々と経緯もあるようだけど、今はそれだけ覚えておけばいいと、知性美がこぼれ落ちんばかりのクールビューティな笑顔でクレイアさんが教えてくれた。



「祀っている神様を帰すっていうのは、要するに街や村が代々受け継いできたご神像を王国に……」



 クレイアさんが少し言い淀んだ。口にするのが憚られるようなことなのね。



「……集めるってことで、集められる側からしたら『奪われた』とも受け取られるのね」



 ――それで、収奪。



「そう。アイカは賢いね」



 褒められたのが嬉しくて、思い出すだけで顔がニヤけてしまう。


 見た目は13歳だけど、中味は24歳でズルしてるような気がしないでもないけど、嬉しいものは嬉しい。



「でもそれは、王国の正統性を毀損して盗賊扱いする表現なので、絶対に認められない禁忌タブーです」


「アイカに変なことを教え込んで、からかおうとする者がいないとも限らないからね」



 ゼルフィアさんが目を細めた笑い顔で口を開いた。


 昨夜から思ってたけど、ゼルフィアさんの笑顔……、エロいな。上目遣いの笑みが貫通力抜群です。撃ち抜かれます。……大きいし。


 いかんいかん。マジメに聞かねば。慣れよう。皆さんの美貌に。



「王国の歴史や『聖山戦争』の歴史は追い追い学ぶとして、まずは私たちやリティア殿下でもかばいきれないような、禁忌タブーがあるってことは覚えておいてね」



 と、アイシェさんも私の顔を覗き込むようにして念を押してくる。


 かぁ――、可愛い。


 元気印の『部長』を、クールでクレバーな2人が支える3人組ってワケですね。たまらんです。


 はい! 言われたことは、ちゃんと守ります!


 そのほかにも、


 ――国王陛下には亡くなられた方も含めて4人のお妃様がいる。


 ――リティア殿下の母君で側妃のエメーウ様は、病いの療養で北離宮にお住まい。


 ――いま国王宮殿にお住まいなのは側妃サフィナ様だけだけど、絶対に『王妃』と呼んではいけない。


 ――王妃アナスタシア様は旧都テノリクアに退かれたけれどもご健在で、バシリオス殿下の王太子としての正統性を蔑ろにしたと受け取られかねない。


 言葉ひとつが命取り! 王宮モノの定番ですね! 言葉尻を捉えて足をすくおうって悪大臣がいたりするワケですよ、これ。


 かぁ――、こえー!


 実際、お追従で『王妃』と呼んだ列候のひとりが、あわや討伐という大問題になったらしい。


 ぼっちの日本、サバイバルの山奥、人間関係絡み合う王宮。落差がひどい。だけど、今は両脇に美男子・美少年。昨夜は美少女・美人とお風呂に会食。


 なんだか既に、我が人生に悔いはない。


 ――『聖山戦争』で敗れた列候が累代の神像を差し出し、王国に帰順したことを『参朝』と呼びますが、現在、列候が王都にお上りになることも同様に『参朝』と呼びます。


 ――神聖で厳粛な表現ですが、相手を屈服させる嘲り言葉として使う者がいます。


 ――俗に酒場で男衆が「嫁に参朝させられてるよ」などいう使い方です。 


 ――列候には、王国に『参朝』したことを誇りとしてもらわなくてはいけません。王宮に仕える者は厳に慎まなくてはなりません。


 要するに地雷を先に教えてもらってる訳だ。失礼はかまわないが、禁忌は困る。転んだら起きればいいけど、地雷は踏んだらおしまいだ。


 とても実用的な教育方針だと思う。偉そうだけど。


 リティアさんも、私に接するのと大差ない態度で、王太子ご夫妻に接していた。快活によく笑うし、無遠慮にさえ見えた。礼儀にはそこまでこだわらないように見えて、リティアさんが『天衣無縫』と評されてるのが腑に落ちた。


 それも、地雷の在り処が分かっていてこそ、ということなんだろう。


 小高い丘になっているところを抜けると、森が見えた。



「よーし! 行ってこい!」



 と、ジロウから飛び降りると、スピードを上げたタロウとジロウが森の中へと走り込んで行く。


 いつも通り、元気そうで良かった!


 ワクワクもドキドキもソワソワもするけど、元気なタロウとジロウと一緒なら、大丈夫な気がするよ!

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