第14話 絨毯爆撃 *アイカ視点

「緊張したよね?」



 と、目が切れ長のクールビューティーフェイスに、困り顔笑顔を浮かべたクレイアさんが話しかけてくれた。


 そんな美しさ、爆死します。広い湯船に2人切りだし。



「……は、はい。へへっ」


「突然に色々変わってしまうと、いい変化でも気持ちが追い付かないことがあるから」


「そう……、かもしれません……」


「私もね、貧民街から突然、殿下に取り立ててもらったの」


「へぇ……」



 貧民街とかあるのか。どの程度かまだ分からないけど、貧富の差はあるんだな。



「嬉しかったけど、やっぱり戸惑いの方が大きくなって……、困ったわ」



 ――爆死、第二弾。困り顔笑顔、最強説。



「アイカがこの先に、どんな風に感じるかは分からないけど、困ったり助けがほしいときや、なにかモヤモヤすることがあれば、遠慮なく私に言ってね」


「ありがとうございます……」



 美しさと優しさの絨毯爆撃で、気持ちが忙し過ぎます。


 今朝、王都に着いたときは熊の毛皮を手作りで不恰好な背負子に背負った、砂埃まみれの土臭い孤独な田舎者だったのに。


 確かに気持ちが追い付かなくなりそう。



「あの……」


「なあに?」


「なんで、こんなに良くしていただけるんでしょう……?」



 思い切って、気になっていることを聞いてみた。



「殿下はお優しい方だから……、という答えでは満足できないよね」


「あ、いえ、そんな……」



 人差し指を軽く口にあてて思案顔をするクレイアさん。


 しかし、首細くて長いな。肌白いし。



「まず、珍しい守護聖霊があること」



 ゆっくりと考えながら話してくれるクレイアさん。


 私に誤解を与えないように、知らず傷つけてしまうことがないように、慎重に話してくれてるんだ。こういう気の使い方、自分がしたことはあっても、他人からしてもらったことはなかった。



「貧民街の孤児だった私を拾い上げてくださったのも、私に守護聖霊があるのを見つけてくださったからなのね。それも【ポトネ】と仰る、とても稀な神様だったから殿下の側に置いていただけたの」



 クレイアさんの表情には、リティアさんへの敬意と感謝があふれて見えた。



「平民が審神者さにわに会うことなんて、めったにないし、あの時たまたま殿下の目に触れることがなかったら、今頃は妓館にいたと思う」



 妓館――。女の方が身をひさぐお店のことですね。貧民街はそのレベルの貧民街なのか。



「メラニア殿もジアン様も審神みわけられないなんて、かなり珍しいことだから」



 実力や努力を評価されたこともなかったけど、生まれや容姿みたいな自分ではどうにもならないことで評価されたこともなかったので、いるのかいないのか分からない『守護聖霊』が認められたというのは、なかなか反応に困る。



「それから、タロウとジロウね。狼が人に懐いてるなんて話は聞いたことがないし、しかも動物に守護聖霊があるなんて話も聞いたことがない……。東西の文物が行き交う王都ヴィアナの人たちは、基本新しい物好きだから」



 そうかタロウとジロウのお陰もあるのか。


 そこまで話して、クレイアさんが破顔一笑という笑顔を向けてくれた。



「理屈を並べるとこんなところだけど、一番はリティア殿下がアイカのことを気に入ったってことよ」


「私を?」


「そう。そうじゃないと、側に仕える侍女にお取り立てにはならないわ。私も会ったばかりだけど、アイカのことは気に入ってるのよ」



 ――爆死。



 ほんとにほんとにお綺麗でいらっしゃいますね。


 私のどこに気に入っていただける要素が? とか、気になることは多々あったけど、眩しい笑顔に吹き飛ばされてしまいます。



「あ、ありがとう……、ございます……」



 ふふっと、小さく笑ってプルプル震えてるクレイアさん。なんかごめんなさい。



「さあ、体は温もった?」


「あ、はい」


「じゃあ、皆んなとお食事にしようか?」



 立ち上がったクレイアさんは、尚のこと眩しいでございます。


 大浴場を出て、脱衣所でまずはタロウとジロウの身体を拭いてやる。タロウは私が、ジロウはクレイアさんが。


 山奥では自然乾燥だったので、私も初めてのことで慣れないし、タロウとジロウも落ち着かない。クレイアさんのは揺れる。大きな身体でなかなかの大仕事だったけど、拭き終わったタロウとジロウは気持ち良さそうにしていた。


 それから、クレイアさんが私の身体も拭いてくれた。



 ――子供扱い……、子供扱い……、私はお子様……。女子だし。愛でたいとかないし。



 目のやり場に困り続けてきたけど、ここに極まる。



「はい。アイカの着てたお服は洗濯に回してもらったから、今晩はこの服を着てくれる?」



 かわいいし上等そうなネグリジェ。絹かな? 白っぽいピンク色。髪色に合わせてくれたんだ。



「着てたお服は大切なものでしょう? 丁寧に洗って貰えるから心配しないでね」



 私の魂を召喚して消滅した、たぶんこの身体のお母さんが着てた服。


 6歳から13歳に成長する身体に、あの服がなかったら、かなり詰んでた。


 そうか。クレイアさんもリティアさんも皆さん、あれこれ聞いてこないのに察してくれる。居心地の良さというか、安心感はそのおかげか。



「お昼間の着替えは、私たちとお揃いのものを仕立ててもらってて、朝には届いてると思うから」



 たぶん気付かないうちにサイズも測られてたんだろう。


 『行き届く』ということが想像を遥かに超えてて、感動や感謝を通り越したところに気持ちが旅立った。



 ――凄いところに来てしまった。



 と、改めてクレイアさんの美しい肢体をボンヤリと眺めてしまった。愛でてはいない。

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