第74話 北離宮の宴
『総候参朝』7日目の晩。
臨席する宴の最後に、リティアは外曽祖父セミールの席を選んだ。
北離宮で開かれた宴席は、リティアのせがむ、砂漠のオアシス都市ルーファの話で大いに盛り上がったが、母の側妃エメーウは最初に挨拶したのみで寝室に戻った。
――あんなにワイン飲んでたのに。
と、アイカは思ったが、顔には出さない。
「たしかにプシャンオオカミだな」
と、セミールは、中庭で上等な羊肉を楽しむタロウとジロウに目を細めた。
「しかも、守護聖霊があるのです!」
ドヤ顔を見せるリティアだが、信仰の異なるルーファの者たちには、いまいちピンとこない。
ただ、テノリアによる『聖山の民』統一に、
実利を重んじる『砂漠の民』にとって、『山々の民』が精霊と会話するという話よりは、まだ理解できる。
――うーん。お父さんと、母方のひいお祖父さんが2歳違い……。
アイカの目に映る83歳のセミールは、王者の貫禄で81歳のファウロスに負けていない。王都竣工の祝いに、生きた虎を贈ったという、同世代を生きる英傑の一人と言ってよい。
ただ、その複雑に見える生い立ちをしたリティアの心根が、どのように形成されたのか、少し気になり始めていた。
「嗚呼……、一度、ルーファにおうかがいしたいものです」
と、目を輝かせるリティアに、セミールは微笑みながら返した。
「ルーファは美しい街だが、厳しい砂漠が隔てている」
「だからこそ、惹かれるのです! 大お祖父様。私を一度、ルーファに招いてくださいませんか?」
「はっは。殿下に危険な旅をさせては、ファウロス陛下に怒られてしまおう」
「ヨルダナ叔母さまも、砂漠を渡って来られたではありませんか」
と、話題を振られたエメーウの妹ヨルダナだが、いつもの無表情フェイスをピクリとも動かさない。
リティアは、そんなヨルダナにも惹かれる。
アイカをはじめ、クロエ、ヤニス、イリアスなど、無口だったり無表情だったりする者を好んで側に置くところが、リティアにはある。その奥に潜む、心の内をのぞきたくなるのだ。
後ろに控えている侍女のクレイアも、元は表情の乏しい少女だった。
「まあ、もう少し大きくなられてからだな」
と、セミールは、リティアの勢いに苦笑い混じりで応えた。
「絶対ですよ! 招請もなく遊びには行かせて貰えないのです。絶対、お招きくださいね!」
宴は和やかな雰囲気のまま終わり、北離宮を立ち去ろうとするリティアを、ヨルダナが呼び止めた。
「お姉様のことは、ルーファが責任を持って面倒を見ます」
「え……?」
ヨルダナの言葉は思いもよらないもので、リティアを戸惑わせた。
「リティア殿下。貴女はテノリア王国第3王女の重責を果たすことだけ、お考え下さい」
どう受け止めたら良いのか分からないリティアは、「お心遣い、ありがとうございます」とだけ返した。
「夫オズグンは隊商ですが、ルーファの大使のようなものです。困りごとがあれば、力になれることもあるでしょう。遠慮なく頼ってください」
リティアは、宴に同席していた大隊商の姉弟、メルヴェとオズグンの顔を思い浮かべた。
これまで、王家と隊商の付き合い以上の関係を持ってこなかったが、姻族にあたることは確かであった。
しかも、交易の中継都市として栄えるルーファで、首長の家から嫁を送り出すだけの存在感を示す大隊商でもある。
――美少女がお人形さんと内緒話してる。
という、アイカの熱い視線を感じたからというだけでなく、話題に際どさが含まれていることに、ようやく気付いたリティアは、ヨルダナに謝辞を述べた。
北離宮を後にするリティアの背を、ヨルダナは水色の大きな瞳で見送った――。
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