第171話 殿下命令です

 激しい剣戟の音がする方にチーナが駆け付けると、馬賊と思しき者たちとネビ、ジョルジュが戦っている。


 ただちに弓で援護するが、馬賊の数が多く劣勢である。


 アイラも駆け付け、矢を放ち始めたのを見て、チーナも剣を抜く。カリュも短剣を両手に抜いて、ジョルジュの援護に向かう。


 遅れて到着したアイカはとして、アイラに前を塞がれた。しかし、いざという時の覚悟として、眼鏡の母が遺した小刀を抜いた。


 その時、ネビと激しく刃を交わす女馬賊が素っ頓狂な声をあげた。



「あれ? おまえ、アイラかい?」



 アイラは狙いを定めていた手を緩めた。



「おっ――――、お母さん!?」


「あんた、こんなとこで何やってんだい?」



 と言う、女馬賊が剣を振るう手は止まらない。百騎兵長のネビも馬上から撃ち下ろされる剣に防戦一方である。



「お、お母さんこそ、なにやってるのよ!?」



 ――お母さん?



 と、その場にいた全員が思っていたが、襲い来る刃を躱して反撃するのに必死だった。



「いや、こいつらが賊だって決め付けてくるからさ。違うって言ってるのに」


「違うもなにも、一方的に斬りかかって来ておいて何を言う!」



 ネビが声を張り上げた。


 それに女馬賊が険しい声で応える。



「待ち伏せなんかしやがって。挟み討ちにするつもりだったんだろうけど、そうはいかないよ!」


「な、なにを!?」



 聞く耳を持たない女馬賊は、剣を振り続ける。



「アイラ」


「お母さん……」



 アイラは母に剣を止めろと言うのも忘れて呆然としていた。


 ミトクリア制圧の際、アイラが幼い頃に母と別れたことを聞かされていたアイカも、思わず顔を見上げた。



「アイラ、あんたは《王の曾孫》なんだから、内親王位にある私と違って王家に籍はないんだ。こんなとこで何してたのか知らないけど、自由に生きなよ!」


「…………は?」



 アイカはフェトクリシスで、廃太子アレクセイから、アイラが孫であると聞かされていた。


 また、親王・内親王位が王の孫までしか許されないテノリア王家では、王の曾孫は王族ではなくなる。それに抗おうと王弟カリストスが手練手管を駆使していた。


 ただ、アイラはすべてが初耳であった。


 アイカも急な展開に、何と説明してあげればいいか分からない。というか、女馬賊……内親王も剣の手を緩めない。


 そこに、森の奥から馬賊の仲間が増援に来る。



「ルクシア殿! ダメだ、後ろも押されてる! あいつら聞く耳、持たない!」



 そう女馬賊に叫んだ筋骨隆々の馬賊が、チーナを見て驚きの声を上げる。



「チーナ!?」


「ア、アーロン殿!?」



 その後ろを駆けていた馬賊からも、悲鳴のような驚きの声があがった。



「カリュ!!」


「お父様!?」



 頭を抱えたくなったアイカを、どこかで聞き覚えのある声が呼んだ。



「よう、チビッ娘! やっぱり、お前だったか!?」



 顔を上げると、見覚えのある顔だった。


 黒髪で飄々とした雰囲気の……。



「あ――っ! あの時のニイチャン!」


「ニイチャンとはご挨拶だな。これでもザノクリフ王国公子なんだぜ? まあいい、話は《山々の民》の聖地を荒らす賊を成敗してからだ」



 と、馬賊に斬りかかる男は、総候参朝の折、アイカに「チビだな」と言い放った聘問使クリストフであった。


 ルクシアと呼ばれた女馬賊内親王が応戦する。



「だから違うって言ってるだろう!?」


「うるさい。聖地精霊の泉を馬蹄で荒らすなど、言語道断。いずれにしても斬り捨てるまで」


「あんたらも馬に乗ってるじゃないか?」


「我らは聖地を守護するザノクリフ王家の者だ。どこの馬の骨とも分からぬ貴様らと一緒にするな」


「こっちだって、テノリア王家の内親王に、その娘もいるんだよ!」


「なにい!?」



 その時、アイカがパンパンパンと、手を打った。



「はい、はーい――っ! ちゅうも――っく!」



 皆の手が止まる。



「情報が渋滞しすぎで――っす! 全員、武器をしまって集合――っ!」



 皆、互いに顔を見合わせる。


 渋滞しすぎとは、的確な表現だった。



「殿下命令で――っす! はい、しゅうご――っ!」



 桃色髪の少女が、なぜ自分のことを「殿下」と言うのか、馬賊たちは怪訝な表情を浮かべつつ剣を鞘にしまった。


 しかし、クリストフは軽く驚きの表情を浮かべた後、率いる部下たちと視線を交わし小さく頷き合った――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る