第172話 山奥で車座で

 アイカはその場で、皆を車座に座らせた。


 後ろに戻ればする女性が、泉を温泉にして寛いでる。これ以上、話をややこしくしたくない。


 ムキムキで強面の男も多い中、状況に呆れていたアイカが仕切る。



「は――いっ! 最初から話を聞くと長そうなので、お尻から順番に紐解いていきま――すっ! では、クリストフさんのご事情からどうぞ」


「……アイカ。俺たちは、お前のことをずっと探して……」


「はい! ややこしそうなので後回し」


「はあ?」


「カリュさんのお父さん、どうぞ」


「カリュを探すよう、我が君アルナヴィス侯より命を受け……」


「はい、会えて良かったですね。あちらで、お二人でどうぞ」


「あ、はい……」



 カリュとその父が車座から離れる。



「クリストフさん。これで、この人たちが賊じゃないって分かりましたね?」


「お……、おう……。しかし……」


「はい、次。チーナさんのお知り合いさん。えっと、アーロンさん」


「いや……、虜囚の憂き目にあわれている我が君ベスニク様の探索に、北の交易都市タルタミアを目指しておるところ……」


「ああ、それでバッタリ、同郷のチーナさんと?」


「そういうことです……」


「偶然ですねぇ! 神様のお導きかも? あちらで旧交を温めてください……。さっ、どうぞ」



 アーロンとチーナが車座から離れる。



「で、えっと……ルクシアさん?」


「そうだよ」


「こちらでは何を?」


「何をって……。ブラブラしてたら、アーロンと知り合って……」


「端的にどうぞ」


「……道に迷ってた」


「なぜ、わざわざ大路を外れて我らの聖地を通り抜けようとするのだ?」



 クリストフがルクシアを睨んだ。


 飄々とした雰囲気のクリストフが敵意をむき出しにした様子に『聖地』というのは本当なのだろうとアイカは思ったが、今はどうでもいい。


 ルクシアが面倒くさそうに頭をかいた。



「だから、アーロンが言ってたろ? 囚われの西南伯閣下を探してるんだ。大路なんか通れば目立つだろ。……裏を通ってるうちに、道に迷ったんだよ」


「説明にスジが通ってます」



 アイカが大きく頷いた。


 自分も大路を避けて王都に向かい、あらぬ方向に迷ってしまい熊に遭遇した経験があった。


 そして、アイラに向き直った。



「突然、秘せられてた生い立ちを聞かされてショックだと思いますが……」


「あ、うん……なにがなんだか……」


「アイラさん。貴女、廃太子アレクセイ殿下の孫娘なんだそうです」


「……えっ?」


「私はアレクセイさん本人から聞いてました。ごめんなさい黙ってて。私とアイラさん、義理の親戚でした」


「ん? どういうこと?」



 と、今度はルクシアが戸惑ったような顔をした。


 アイカは肩当ての覆いを外して、紋章を見せた。リティアにもらった大切な紋章を汚したくなくて、普段は布をかけている。



「私、第3王女リティア殿下の義妹いもうとでして……」


「なっ!? どういうことだ!?」



 と、大声を出したのはルクシアではなく、クリストフだった。思わず立ち上がって、驚きの表情を浮かべている。



「どういう……って言うか……、とても仲良しだったので義姉妹しまいの契りを結んでいただきました。えへへっ」


「……なんてこった」



 しばらく口をパクパクさせていた、クリストフがドスンと音を立てて腰を降ろした。


 その不機嫌さは意味ありげだったが、アイカは後回しにした。


 当然、アイラの気持ちの方が大切だったからだ。



「許してくれますか?」


「えっ? ……なにを?」


「私が黙ってたこと」


「あ……うん。今はそれどこじゃないっていうか……」


「親父のヤツ。アイラに言ってなかったのかよ」



 ぼやくルクシアをアイラが睨んだ。



「そんなことより、お母さん、なんで家を出ていったのよ!?」



 王家の血筋を「そんなこと」で片付けたアイラを、ネビもジョルジュも、豪気な女子だと生温い目で見守った。


 話が終わったらしいカリュとチーナも、そっと車座に戻る。



「親父と喧嘩したんだよ……」


「お父さんは!? お父さんはどうでも良かったの!?」


「お父さん……? ああ、シモンか」


「そうよ! お父さんの名前まで忘れてたの!?」


「……あいつは親父の子分で、アイラの父親じゃねぇよ」


「…………は?」


「親父のヤツ……、ホントになんにも説明してねぇのかよ……」


「お母さんのお父さんなんか、会ったことも見たこともないわよ!!」



 ――渋滞が解消しない。



 と、アイカは遠い目をした。


 が、アイラも自分の額を手で押さえた。



「まって……。もう、無理……。熱が出そう……」



 あぐらをかいて、頬にあてた手の肘を腿に立てていたクリストフがボヤいた。



「じゃあ、そろそろこっちの話をしてもいいかな?」



 大切なアイラの様子が心配なアイカは、ぞんざいに応えた。



「あ、はい。とりあえず、どうぞ」


「……俺たちは、アイカを探してた」


「はい、それは聞きました」


「もう、ずっとな……。聖地の結界が晴れるのをずっと待ってた」


「…………」



 アイカは初めて、クリストフの方をマトモに見た。



「…………えっ?」



 元々、この口の悪い公子のことは苦手にしていた。言葉を交わしたのも一度だけであるし、もちろん、結界のことなど話したことはない。


 そもそも結界のことや転生のことは、リティアにさえ話したことがなかった。



「だけど、結界が晴れたと報せを受けて駆け付けた時には、もう誰もいなかった」



 クリストフは遠い目をして、小さくため息を吐いた。



 ――態度、わるっ!



 と、アイカは思ったが、歯を食いしばってクリストフを見詰めていた。


 この人は、この身体、愛華の魂が宿る《アイカの身体》の元々の持ち主のことを知っている――。

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