第173話 黄金色の瞳
クリストフは肘杖を腿に立てたまま、訥々とザノクリフ王家のことを語り始める。
後ろに控える部下たちの表情も、苦々しく歪んでいる。
「ザノクリフ内戦の始まりは、国王と王弟が王位を争って、共に倒れたってことになってるが、アレは嘘だ」
「……え?」
「王弟ラドウは長年に渡って、王妃カミレアと密通してやがった……。王妃は王妃で、国王ヴァシルとの間に出来た息子が疎ましくてならなかった」
「……自分の子どもが疎ましく?」
と、アイカが口を挟んだ。
「……ホントは王弟との間に子どもが欲しかったんだとよ。……で、王太子になってた息子マリウスを毒殺した」
「毒……」
「ホント、無茶苦茶だよ。その調べの中で、長年の不義密通が露見した。慌てた王弟は手勢だけで行き当たりばったりのクーデターを仕掛けて、王城内戦闘だ」
王城内戦闘――。
バシリオス決起による王宮内戦闘の経験が、未だ鮮やかな記憶として残るアイカたちも、顔をしかめた。
「で、なんと、城の中で8日も戦闘が続いて、最終的に国王も王弟も王妃もそろってお亡くなりあそばされた」
「……そろって?」
「城が焼け落ちてしまって、詳しい経緯は分からねぇままだ。ただ……、毒殺された王太子の妃と娘の行方も分からねえ」
アイカはゴクリと唾を飲んだ。
「……ただ、すぐに王位をめぐる内戦状態に陥って、国は大混乱。目先の戦争でいっぱいいっぱいになって、誰も気にとめてなかったが、ウチの一派の親分、東侯エドゥアルドだけが気付いた」
クリストフは、アイカの黄金色の瞳を見据えた。
「王太子妃ミレーナは、
言葉を切ったクリストフは、大きく息を吸った。そして、一息に真実を告げた。
「お前が、ザノクリフ王の孫娘にして、唯一の正当な王位継承者、イエリナ姫なんだ」
クリストフの部下たちの中には、涙を浮かべる者もいる。
ルクシアもアイラも、自分たちの問題を忘れたように息を呑んでいる。カリュも、チーナも同様だ。
しかし、アイカは、
――うーん。渋滞が過ぎる。
と、難しい顔をして、腕組みしていた。
話の展開からひょっとしてと思わなくはなかったが、大好きなリティアに
自分とリティアとの間にノイズが紛れ込んだような気がして、やや不快でさえある。
それでも、
――あの眼鏡のお母さん……。ホントに娘さんのこと好きだったんだな。
という思いも駆け巡る。
秘法というからには、結構、大変なことなのだろう。落城する城から、瀕死の娘を抱いて逃げたってことだ。
――魂が別人になってしまっても、生きていてほしかった。
という眼鏡の母――ミレーナの声も蘇る。
しばらく黙っていたクリストフが、後ろの部下たちを親指で指した。
アイカの目が、そちらを向く。
「こいつらが泣いてるのは、悲運のお姫様が見付かったからじゃねぇ。やっと、悲惨な内戦、同士討ちを終わらせられるかもしれねぇからだ」
「……かも?」
クリストフが、わざとらしく立てた言葉に、アイカが反応した。
「……あんたの気持ち次第だ。内戦は完全に膠着状態だからな。ただ、そこに唯一、王位継承権を持つイエリナ姫が――中身は別人だとしても――帰ってくれば」
「う――っ」
と、アイカは唸ることしか出来なかった。
アイラより展開が急ではないか。心の整理がつかない。こんなときに頼りにしてきたクレイアもいない。
クリストフは後ろ手に身を反らせて、空を見上げた。その振る舞いは、アイカには投げやりになったようにも見えた。
「……まったく。総侯参朝のとき、あのまま連れて帰っとけば良かった。万全を期すためにって、いろいろ確認してる場合じゃなかったぜ。テノリア自体がまさかの大混乱に陥った上に、……まさかテノリアの王女と
「僭越ながら口を挟ましてもらう」
と言ったのは、眼帯美少女チーナであった。
「なんだ?」
「なぜ、アイカ殿下が、その……イエリナ姫だと、総候参朝の段階で分かっていたのだ?」
「……キッカケは、瞳だ」
「瞳……」
「黄金色の瞳は《山々の民》にしか現れねぇ。それも、精霊と直に触れたことのある者だけだ」
クリストフは自分の目の下を、あっかんべえをするように、引き下げた。
「俺も黄金色だろ? ……子どもの頃に死にかけて、精霊の秘法で回復したことがある」
「……え? じゃあ……」
「反魂の法じゃなかったから、中身は変わってねぇ」
ひょっとしてクリストフさんも転生者? という期待は、瞬殺された。ちょっと凹んだ。
そのクリストフが急にしんみりと語り始めた。
「それに……、アイカが今着てる服はミレーナのものだろ? 最後に会ったのは8年近く前だが見覚えがある」
アイカはルーファからの旅立ちにあたって侍女服を脱ぎ、眼鏡の母が遺した服に着替えていた。
リティアの侍女から義妹に立場を替えたこともある。が、リティアのもとから巣立つにあたって、原点回帰の気持ちが強かった。誰も守ってくれる者のいないサバイバルに踏み出す覚悟だった。
「いろいろ情報は集めていたが、決定打は、ついさっき確認できた、その手に持つ小刀だ」
「これが……?」
「そこに刻まれている紋章は、ザノクリフ王家の者しか持たない古紋だ。王家以外の者が手にすれば、精霊の怒りを買う……」
アイカは手元の小刀をマジマジと眺めた。タロウ、ジロウと共に、サバイバル生活を支えてくれた相棒……。
「……ザノクリフの内戦はひどかった。ここにいる連中だけのことじゃねぇ。親兄弟、親類縁者入り乱れて殺し合った……。終わりに出来るなら、それにこしたことはねぇ」
クリストフの後ろに並ぶ男たちから、クッと嗚咽に似たうめき声が漏れた。
「……『殿下命令』なんて口走るから、てっきり自分のことが分かってるのかと思ったら、無頼姫リティア殿下の
しばらく考え込んでいたアイカが、顔を上げた。
「分かりました」
と、キッパリした口調で言ったアイカを、クリストフだけではなく、皆が見詰めた――。
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