第283話 そなたが私に尽くす番

 王宮最上階に位置する、国王宮殿。


 その〈玉座の間〉で、サミュエルとペトラがふたり向かい合った。


 気だるげに肘をついて玉座に座るサミュエル。


 それを見下ろすペトラの手には、鋭く光る短剣が握られていた。



「それが、妃の本当の表情かおであるか……」



 と、サミュエルが、抑揚のハッキリしない声で言った。


 ペトラはこれまでサミュエルに見せたことのない、怜悧な顔付きで立っている。


 可憐で華奢なほそい身体に、妖艶な気配を漂わせているのは変わらない。


 しかし、これもサミュエルの目には初めて触れる、威厳と気迫をも放っていた。



 ――王者の風格……、か。



 サミュエルは主君アンドレアスからしか嗅ぎ取ったことのない、圧倒的な存在感をペトラから感じ取っていた。


 それでも、心身の働きの鈍ったサミュエルは、表情を動かすことなく、ただペトラの美しい顔を眺めていた。



「……いかがする?」



 と、ペトラが無機質な声を発した。



「そなたの率いたリーヤボルクの兵たちは恐慌をきたし、無頼どもと小競り合いが頻発。サミュエル、そなたの命令を待っておるのだぞ?」


「……わたしを殺すか?」



 サミュエルはペトラの問いに、真正面からは答えなかった。


 祖国リーヤボルクの内戦を、アンドレアスを支えて勝ち抜いた。


 アンドレアスを王座に就けたのは自分だという自負もあった。


 内戦の爪痕残る大聖堂で、精一杯に華々しく挙行された即位式が、間違いなく自分の人生の絶頂であった。


 そして、内戦の〈後始末〉のため、我が身を捨て、棄兵を率い隣国の紛争に介入した。


 大隊商マエルの献策に乗った介入は大成功を収め、祖国に多額の〈仕送り〉もでき、大いに面目をほどこした。


 妃にしてやった美しい内親王は、その戦利品だとも言える。



 しかし――、



 忠義を捧げたはずの主君アンドレアスは、奴隷狩りの獲物と蔑む〈草原の者ども〉に、囚われた。


 アンドレアスは虜囚の身に堕とされ、手に血豆をつくりながら、農地を拓く鍬を振らされているという。


 しかも、アンドレアスを捕らえた〈草原の者ども〉の王となったのは、かつて自分が虜囚の辱めを与えた王太子バシリオスであると聞く。



 ――自分のした仕打ちへの復讐が、主君アンドレアスに向かった……。



 と、受け止めたサミュエルは愕然と立ち尽くし、自分の生きたすべての意味を見失った。


 その上、アンドレアスと統一した祖国は、兵力の過半を失い存亡の危機にあるという。


 救援に向かおうにも、折悪しくテノリアの兵力がひとつにまとまり、身動きがとれない。


 こんな結果を招くつもりで、卑しい棄兵の将に志願した訳ではない。


 すべては主君アンドレアスのためであったはずだ……。



「妃が、儂の人生を終わらせてくれるのであれば……、ギリギリで辻褄を合わせられそうだ」



 と、サミュエルは乾いた笑いを漏らした。


 ペトラの刃にかかるのであれば、自分の行いへの報いとして分かりやすい。


 しかし、無機質な表情のペトラは、



「そのつもりであったが、気が変わった」



 と、短剣を投げ捨てた。


 カーンッと甲高い音が、ふたりしかいない広い玉座の間に響く。



「……討たれるべきは私である」



 サミュエルに、ペトラの呟きの意味は解らなかった。


 だが、ペトラは構わずに続けた。



「ともに降ろう」


「……いまさら」


「われらは、醜く生きねばならん。それが流した血への礼儀である」



 サミュエルの顔があがった。


 ペトラのに誘われたのではない。


 声の響き――、王者が発する勅命の響きに、魂が揺さぶり起こされた。



「サミュエル」


「ははっ」



 と、おもわず臣下の返答をし、玉座から降りて膝を突く。


 自然と頭がさがり、続く勅命の言葉を待った。



「兵をまとめよ」


「……兵は、まりまりませぬ」


「まとまるだけでよい。まとまるだけをまとめてリティア殿下に降り、醜くお情けを請い願う」


「かしこまりました……」


「……わが旦那様よ」


「はっ……」


「散々、尽くしてやったのじゃ。……次は、そなたが私に尽くす番じゃぞ?」



   *



 空が白み始めたばかりの早暁――、


 まだ今朝の茶会が開かれる前、


 ペトラが、サミュエルを従えてリティアの陣に現れ、両膝を地に突いた。


 そして、ヴィアナの騎士1000名を含む、4000人の兵士たちが、ふたりと一緒に投降した――。



 リティアは、ただちに無頼姫軍に指令を発する。



「王都に残るリーヤボルク兵は、約1万3千! 主将がくだり、指示を出す将も去った。それでも降らない者たちだ。ハッキリ言って……」



 グッと強い眼差しで、王都の街並みを睨んだ。



「意味が分からん!!!!」



 リティアの指示を聞く将兵たちも糸目になって、うんうん頷く。



 ――たしかに、なに考えてるんでしょうね?



 今の王都に居座ったところで、楽しいことは何もないハズだ。


 いや、すでに目的も展望もあり得ない。



「なにを仕出しでかすか分からん、得体の知れぬ者たちがを超えて王都にしているのだ! 動きの読めぬ者は、いかなる強敵よりも恐ろしい! ただちに王都に突入する! 準備を急げ!!」



 慌ただしく駆け出す、無頼姫軍の将兵たち。


 ロマナとアイカに早馬を走らせ、リティア自身も愛馬に飛び乗り、軍議のために北郊の森に向かう。


 先に到着していたアイカが簡易テーブルを組み立てており、やがてロマナも駆け付ける。


 椅子はなく立ったまま、テーブル上に広げた王都の地図を、リティアが指差す。



「列候の神殿は、参朝のため野営している列候たち自身に制圧させる。突入の合図と同時に自領の神殿に向けて走れと、すでに早馬を飛ばした」



 地図を睨んだ、ロマナがうなずく。



「それでいいと思う。参朝の供に最低限の兵は率いてるはずだしね」


「無頼姫軍に投降したリーヤボルク兵から武器を接収した。足りないという列候がいれば、すぐに引き渡せるように準備済みだ」


「わかった。蹂躙姫軍の近くで野営してる列候にも触れを出すわ」


「わたしも、そうします」



 と、アイカもうなずく。


 三姫のそばに控える側近たちは、決まったことから順に、指示を携えすぐに自陣に走る。


 リティアが地図から顔をあげ、王宮を睨む。



「王都に土地勘があるのは、わたしの無頼姫軍では第六騎士団の一部とサーバヌ騎士団の残党」


「うん……」


「ロマナの蹂躙姫軍では、スピロ率いるヴィアナ騎士団の残党」


「……そうね」


「アイカの救国姫軍では、ステファノス兄上の祭礼騎士団」


「はいっ!」


「王宮や込み入った場所は、これらに制圧してもらう」


「分かったわ」


「分かりました」


「突入すれば、時間との戦いだ。得体のしれない兵たちがパニックになって、先に火をかけられたら王都は灰になる」



 ロマナとアイカが、険しい表情でうなずく。



「王都に火を放つ備えをすべて取り除き、のこったリーヤボルク兵たちもすべて捕える。投降を拒む者はやむを得ん。……斬る」



 やがて軍議を終えた三姫は、王都突入のために自陣へと駆け戻る――。

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