第188話 恋とは呼べない
王都ヴィアナの交易街。到着する荷物の荷下ろしをする無頼たちの大声。出発する荷物を運ぶ馬車が走る音。
今日も賑やかな喧騒に包まれている。
その中でも一際大きなマエルの商館は増築され、豪壮さを増している。
久しぶりに呼び出された西の元締ノクシアスは、執務室でマエルと向き合った。いつかの高級なワインを並々と注ぎながら、マエルが名残惜しそうな声を出した。
「儂はリーヤボルク本国に帰る」
「どうした、故郷が恋しくなったか?」
「潮時だ」
「……らしくねぇな」
ノクシアスはワインをグイッとあおった。
「いや、とても儂らしい行動だ。商いは引き際が肝心だ」
「へえ……」
「……儂の目算が狂いはじめた。サミュエル公がペトラ殿下にあそこまでぞっこんになるとは、読めなんだ」
「それで、王都の富を諦めるのかよ?」
「ふふっ、すでに西域の隊商が得る利益を4
マエルたち西域の隊商は駐屯するリーヤボルク兵の武力を背景に、利益を4%増加させることに成功していた。
少ないように見えるかもしれないが、王都全体の取引量が膨大で、数パーセントの差は大きい。
「ノクシアス、お前には世話になった。だから、いいことを教えてやろう。
「そうかい」
「……お前も随分手下を増やしただろう? ここから全てを獲ろうとしたら、足をすくわれるぞ」
「へっ……」
鼻で笑ったノクシアスだが、心当たりもあった。手下が増えるほどに、北のシモン、東のチリッサの力量がハッキリ見えつつある。
どれだけ手下を増やしても、まだ敵わない――、という嗅覚が働きはじめている。
マエルがノクシアスのグラスにワインを注ぎ足した。
「西域の隊商が得る利益を、ペトラ殿下にも認めさせた」
「ほう……、どうやって?」
「直接かけ合った。いざという時には、自ら足を運ぶべきだ。……テノリアの王族は一度口にしたことを違えない。充分な保証を得た」
「それで別れの挨拶に呼んでくれたって訳だ」
「そうだ。……儂はお前を気に入っている」
「ありがたいねぇ」
「……一緒に来ぬか?」
「よせよ。……似合わないぜ」
「そうか……、そうかもしれん。忘れてくれ」
「忘れはしねぇよ。《聖山の無頼》は受けた恩を一生、忘れねぇ。……まあ、俺みたいな一流の無頼だけだがな」
ニヤリと笑ったノクシアスが、グラスを持ち上げた。
マエルも同じように笑って、グラスをチンと鳴らした。
「儂も歳だ。これが今生の別れであろう」
翌朝、商館を番頭に任せたマエルが、大規模な隊列を率いて王都ヴィアナを去った。
テノリア王国全土を混乱に陥れた梟雄の、見事といえば見事な引き際であった。しかし、その罪の重さ故か、やがて非業の死を遂げることになる。
ただ摂政サミュエルはこれ以降、内政面において、ますますペトラを頼りにしていく。
閨で溺れていくのに合わせて――。
*
マエルが王都を去ったのと同じ朝、ヴールの公宮では侍女のガラが、足早に第2王女ウラニアの居室に向かっていた。
密林国討伐の南方遠征で不在のロマナに代わって政務を執るガラであったが、昨晩、不穏な話を耳にした。
――ロマナの母、レスティーニに謀叛の動きあり。
伝えてくれたのは、ロマナの弟である公子セリムである。
ガラと同い年のセリムは、ときどきガラを自室に誘った。といっても珍しいお菓子を一緒に頬張ったり、他愛ない話をするだけである。
憎からず想っていることは確かだったが、まだ恋とも呼べないような小さな好意であった。
ガラも、かつて孤児の館にノクシアスが持って来てくれたものより、遥かに上等なお菓子を楽しみにしている、といった程度の話である。
ただ本人たちは知らないが、若く美貌の侍女と次代を担う貴公子の逢瀬は、ウラニア、ソフィア姉妹の、陰からニヤニヤ眺める楽しみにもなっていた。
無駄話がいつまでも終わらない、互いを意識する14歳の男女は、昨晩も夜更け過ぎまで話し込んでいた。
その中で、セリムが気になることを言った。
「……離宮の人の出入りが増えてるんだよね」
「離宮の……?」
「うん。……サルヴァ兄様のお見舞いって言ってるけど……、なんか皆んな妙に緊張してて……、最近、お見舞いに行きにくいんだよね」
謀叛と断定するには情報が少なすぎる。
しかし、エズレア候のクーデターに簡単に屈した――あるいは通じていた疑いで、母レスティーニには離宮での軟禁処置をロマナが命じている。
状況を探りたかったが、新人侍女のガラには荷が重い。が、
そこで、これまた五月蝿いソフィアがまだ眠っている早朝に、ウラニアへの面会を求めた。
話を聞き終えたウラニアは、にっこりと微笑んだ。
アイカが
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