第130話 審神者の郷(3)

 リティアに抱き締められたまま、アイカはその寝物語に耳を傾ける。



「……審神さにわわざで……神々に由来する人間の適性を見極められるようになったことで、王国の軍事力と生産力は飛躍的に……向上して…………。んっ」



 眠りに落ちる瞬間、それに抗うようにリティアの身体がピクッと動く。


 そして、寝物語が続く。



「…………王国の隠された歴史だが……フェトクリシスの主祭神だった審神神ネシュムモネの神像を取り上げるだけでなく、主祭神を父神ロスノクに変えさせた……。そんなことをしたのは、聖山三六〇列候の中でもフェトクリシスだけで……だが……ネシュムモネの兄神にあたる……開明神メテプスロウの守護がある私に……特別の厚意を……寄せてくれ……て…………」



 ――つっ。



 眠りに落ちる瞬間に、リティアはもっとも強い力でアイカを抱き締める。


 指が身体に食い込むのではないかと思うほどで、その痛みが、リティアが眠ったことをアイカに知らせる合図になっていた。


 しばらくの間は、強く抱き締められたままで、時にはアイカの身体をまさぐることもある。


 だが、やがて身体から力が抜けていき、眠りが深くなったことが分かる。


 毎晩――。



 翌朝になると、リティアはいつも通りの快活な笑顔をエメーウに見せている。


 夜の寝床のことをリティアはアイカに何も言わないし、アイカも口にすることはない。


 ただ、アイカだけが、



 ――リティアのピンチ!



 を、知っている。


 クレイアに相談しようと思ったことも1度や2度ではない。けれど、リティアのプライドを挫いてしまうのではないかと思い悩み、結局、自分ひとりの胸の中にしまってある。



「リティア殿下は、よっぽど狼少女のことがお気に召したとみえる」



 という噂話に陰はない。


 自分を依怙贔屓してるように受け止められるなら問題かもと思っていた。だが、むしろ微笑ましく見てくれているようなので、しばらく様子を見ようと心に決めた。


 いずれリティアの中でが出れば、自然とおさまるのではないかと、アイカは祈っていた。


 ある晩に、



「アイカの母上はどんな方だったのだ……?」



 と、問われた。


 返答に悩んだのは、リティア母娘の関係で地雷を踏むのではと恐れたからだけではなかった。


 転生以来、自分の魂を呼び寄せた眼鏡の少女を「母」と定めることにしていたアイカだったが、エメーウの立ち居振る舞いを目にするにつけ、思い起こされるのは日本の母だった。



 ――愛華ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!



 自分の名前を呼ぶ金切り声が、何度も耳に蘇っていた。


 以前ほど、恐怖を呼び起こすことはなくなっていたが、それでもいい気分はしない。


 そして、エメーウのが、あそこまで進行しないことを祈った。


 結局、リティアには、



「よく……覚えていないんです……」



 と、応えた。



「そうか……。それは悪いことを聞いたな……、許せよ」



 申し訳なさそうにするリティアに、アイカも申し訳ない気持ちになっていた。


 そして、照れ臭そうに「抱っこさせろ! 抱っこ!」と、飛び掛かられるのが毎晩の儀式だった。



「アイカは温かいな……冬の寒さにちょうどいい……」


「私も温かいです」


「そうか? そうだろう? ……アイカは温かいな」



 と、毎晩、ほぼ同じやり取りをする。


 リティアはアイカに抱き締め返すことを求めない。ただ、自分からギュウッと抱き締めるばかりだ。そして、アイカの頭を胸に抱き、寝物語を始める。


 毎晩、まるで初めてそうするかのように。


 審神者さにわさとフェトクリシスが雪に閉ざされる前に、一行は砂漠のオアシス都市ルーファに向けて出発する。


 出発を予定する日が近付くにつれ、アイカを抱き締めるリティアの腕の強張りが、強くなっていた――。

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