第131話 王国の亡霊(1)

 リティアたち一行が、まもなくフェトクリシスを出立するというある日のこと。


 アイカはひとり丘の上に寝そべって、リティアたち母娘が仲睦まじく一頭の駱駝に揺られるのを眺めていた。


 前に乗るリティアも楽しげだし、後ろからアレコレと口出しするエメーウの笑顔も柔らかい。


 降り注ぐ午後の日差しは暖かく、気持ちがいい。



 ――最後になる……のかも……。



 という予感はしている。


 リティアが見せる弾けるような笑顔は、最後の親孝行のつもりなのかもしれない。


 昨晩、リティアに握り締められていた二の腕のあたりをさする。リティアがエメーウに差し出しているものを、アイカだけが知っている。


 かつて、自分も日本の母に差し出していたものだ。



「お母さんに早く会いたかったから!」



 と、息を切らして、母の笑顔が返ってきたときには、たまらなく満たされた。


 もう、思い起こしても、実感を伴わなくなっている。手応えのない記憶が中空に消えた。


 ふと、タロウとジロウが近寄って来たかと思うと、後ろに立つ大きな人影に陽光が遮られた。



 ――アイラさんが休憩から戻ったかな?



 と、振り返ったアイカは、大きく目を見開き、口からは魂が抜けるかと思った。


 その立派な体躯の男は、逆光に照らされて、わずかに微笑んでいた。



 ――お、王様……、ファウロスさん……?



「そなたが、狼少女か?」


「え? ……あ、……はい」


「リティアの無二の忠臣と聞いたが、こうして守ってくれているのだな」



 ――そ、それは……、リュシアンさんが脚色した詩で……。



 アイカは隣にしゃがんだ男の顔をまじまじと見詰めた。



 ――似てるけど、違う……。ファウロスさんと、カリストスさんを足して2で割ったような……。



 その時、男の視線の先から悲鳴が上がった。



「イヤァァァァァァァァァ!!!!」



 慌ててアイカが目を向けると、卒倒したエメーウが駱駝の背中からずり落ちそうになっているのを、リティアが身体をひねって支えている。


 周囲からアイシェやゼルフィア、それに衛騎士のクロエが駆け寄り、そっとエメーウを駱駝から降ろす。


 男は渋い顔をして、腰を上げた。



「ファウロスめ……。罪深い……、弟よ」



 抱きかかえられたエメーウが宿舎に運ばれていくと、リティアがゆっくりと男の下に歩み寄った。


 そして、片膝を突く礼容をとった。



「お初にお目にかかります。アレクセイ叔父上でございますね?」


「ふっ。今は無頼の大親分アレクよ」


「それではアレク殿。お目にかかれて光栄に存じます。王国第3王女、無頼の束ね、リティアにございます」



 かろうじて身体は起こしていたものの、タロウとジロウに挟まれたままのアイカは、目を白黒させながら微笑み合う2人を眺めていた。



 廃太子アレクセイ――。



 その名は一度、国王侍女ロザリーの口から漏れたことがある。


 アイカも、リティアのとりとめない寝物語で聞いたことがあった。聖山王スタヴロスの勘気を被り王太子を廃された、ファウロスの兄だ。


 アレクセイは再びアイカの隣に腰を降ろし、促されたリティアも足を崩して並んで座った。



「ルーファに逃れるか? 天衣無縫の無頼姫リティアよ」


「母を送り届けて参ります」



 アイカは席を外すタイミングを失って、小さく息をひそめている。


 それに気付いたリティアが、ニッコリ微笑みを向けた。



「リティア。そなたが即位を望むならば、聖山王の息子である儂が賛同してやるが、どうかな?」


「お気持ちはありがたく……」


「廃太子の賛同など要らぬか」



 と、悪戯っぽく笑ったアレクセイの笑顔はファウロスのそれに瓜二つであった。



「そうではございません」



 リティアはフェトクリシス市街の先に見えるプシャン砂漠に目を向けた――。

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