第110話 入城(4)

 新王アンドレアスには、心酔するサミュエルでさえ眉を顰める、悪癖があった。


 女をいたぶることでしか、性欲を満たすことができない。


 フェンデシア大公国で善政を敷き、領民に敬愛される裏では、何人もの女をきた。それを知るはずのマエルが、ルカスの娘をアンドレアスの愛妾にと言う。



「王子を産ませるのです」


「王子を?」


「その子を即座にもらい受け、テノリアの王位に就けます」


「……それまで、もつ……かな?」


「そこは、なんとしても言い含めてくださいませ。王子を為したなら、あとはアンドレアス陛下の思うまま、如何様になされても……」



 アンドレアスが壊した女を、密かにするのは、いつもサミュエルの仕事であった。


 引見したばかりの可憐な内親王の無残な行く末を思い描くことは、サミュエルの良心が咎めた。


 高貴な身分にあり、繊細な美しさを湛える隣国の内親王に、アンドレアスは『壊し甲斐』しか感じないであろう。



「アンドレアス陛下と、ファイナ内親王の御子をテノリアの王位に就ければ、ペトラ内親王を妃に迎えたサミュエル様は、王の伯父として執政の権を揺るぎないものに出来ます。さすれば、アンドレアス陛下の治政を存分にお支えすることが出来ましょう」


「……お前の申すことは、分かる」


「サミュエル様の御懸念は、このマエルも、重々承知しております」


「深窓のご令嬢を……、忍びない」


「その分、サミュエル様が姉の方を、存分にお慈しみください」



 マエルは恭しく頭を下げた。


 内乱で荒廃した国土の再建に取り組むアンドレアスに、テノリアの莫大な富を送ってやりたい。恒久的に送れたならば、いずれはリーヤボルクに黄金時代をもたらすかもしれない……。



「分かった……。王子を為すまで大切に扱えば、悪癖が治まるやも知れぬ……」


「……いずれは、王妃も迎えねばなりません」


「うむ……」



 と、頷いたサミュエルは、ハッと顔を上げた。


 アンドレアスならば、為した自分の子供でさえ、女を壊す道具にしかねない。


 産まれた子を即座に引き離すことで、血筋を残すことが出来る……。


 サミュエルは、険しい表情を崩さないマエルの顔を、しばらく見詰めた。



「最初に出来る子が、男子であることを……祈ろう……」


「恐れ入ります」



 テノリア王国の行く末を案じ続けた、内親王姉妹の運命が分かたれた瞬間であった。


 マエルは、ともに重い荷物を背負わせたサミュエルの心情を慮りつつ、なおも陰鬱な策謀の話を続けなくてはならなかった。


 光陰の差が激しすぎる男に魅せられてしまった、共犯者としてやむを得ないことであった。



「して、地下牢のバシリオスには……?」


「言われた通り、侍女長に伽を命じた」



 サミュエルの目に映った侍女長サラナもまた、歳に似合わぬ幼い顔立ちをした小柄な娘であり、懐柔の道具に使うことが、気持ちを重たくさせていた。


 元はと言えば、アンドレアスの名声を保つため、粗野な蛮兵を率いて隣国に攻め入り、華々しく玉砕するつもりであった。戦場に生きた自分に相応しい最期と思い定めていた。


 それがいつの間にか、陰湿な謀略ばかりを考えている。


 一歩一歩、足を取られる、深い森の沼地に迷い込んでしまったような気分であった。



「第3王女を逃してしまった今、ルカスを王位に就けるには、バシリオスの言葉が必要です」


「そうだな……」



 サミュエルは、張りの出ない声で応えた。


 サラナに命じたことは、バシリオスの懐柔と言うよりは、むしろ拷問に近い。囚われの身であること以上に、誇りを打ち砕くであろう。同じ王族として、同じ武将として、憐れに感じる。


 汚れ役を厭わないのは、目の前で険貌を崩さない老境の隊商も同じであった。立場は異なるが、アンドレアスを支えてきた者同士。


 だが、案内される道は、ますます暗闇を深くしている――。

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