第111話 呼び声

 王都を出て以来、アイカを縛っていた緊迫感は、いささか和らいだ。


 行動をともにする、第六騎士団の強さを目の当たりにしたことが大きい。


 また、リティアが魅了したのはミトクリア侯だけではなかった。捕縛された野盗の首領たちもまた、リティアの前に首を垂れた。



「荷の五分でどうだ?」



 取り引きを持ちかけるリティアの笑みに、首領たちの心はすっかり吸い込まれていた。



 ――ねっ! ねっ! ウチの無頼姫、カッコイイでしょ?



 と、アイカも誇らしい気持ちでいっぱいになる。


 ミトクリア候が扇動した野盗たちは、隊商を襲うようなではなかった。


 大路を外れたミトクリア近郊を通る、小さな隊商の用心棒を主な生業にしていた。断れば――、という恐喝ではあったが、無頼の延長線上になくもない。



「ならば、これ以降は【無頼の束ね】たる第3王女リティアの名の下に、隊商を護衛せよ」



 リティアの思いがけない宣言に、野盗たちは息を呑んだ。



「王都の変事は耳に入っておろう。騎士団は機能しておらぬし、大路を避ける隊商も増えてこよう」



 リティアは、側に控えるクレイアから受け取ったペンを走らせ、署名入りの任状をしたためた。



「正当な対価も受け取れ」



 護衛の値段は、積荷の仕入れ値の5%――荷の価五分と定めた。



「ミトクリア近郊なら安全に行けると評判になれば、そなたらの生活も安定しよう」



 任状を受け取った首領の手は震えていた。


 王国から正規に認められることなど考えられない生活をしてきた。


 ましてや、王女自らしたためた任状を授けられるなど、夢のような栄誉であった。



「そなたらの縄張りがどれほどか知らぬが、近辺の者たちとも話を付けて、隊商の安全を守ってやってくれ」



 と、リティアが微笑むと、首領たちはなお一層、深く頭を下げた。


 そして、今は、深い森の秘密の抜け道を先導してくれている。



「そなたらが護衛する最初の荷は、私か」



 リティアが笑うと、元は性情の明るい首領たちも笑った。


 使えると見たら、素早く取り立てる。


 極刑も覚悟していた首領たちは、若き王女の度量に、完全に呑まれ、魅せられていた。



 ――いつものことだ。



 と、配下のうちに、リティアに異を唱える者はいなかった。


 母のエメーウを除いて――。



「リティアの身を狙った者たちを許すなど! ドーラ! ネビ! 首を刎ねるのです! 今すぐ!」



 千騎兵長のドーラも、百騎兵長のネビも、礼を失するようなことはなかったが、エメーウの言葉を受け流すようになっていた。


 侍女長のセヒラと、アイシェ、ゼルフィアが宥めながら、エメーウを馬車の中に導く。


 アイシェとゼルフィアは、エメーウの側から離れなくなっていた。


 アイカは考える。



 ――なんで、私はリティアさんの側から離れられないんだろう?



 赤茶色の髪をたなびかせて馬を駆るリティアを見上げる。


 美しい。


 はじめに土間で救ってくれたときから、魅了されているのは確かだ。


 だが、現代日本に生まれ、歪ではあったがごく普通の中流家庭に育ったアイカに「忠義」や「忠誠」という概念は難しい。実の所「身分」でさえあやふやだ。憧れはある。けれど、芯の部分には根強く平等という概念が根付いている。


 リティアの周囲を見渡すと、衛騎士のクロエ、ヤニスにしても、侍女のクレイア、カリュにしても「忠義」で従っているように見える。


 が、同じように「忠義」を捧げていたはずのアイシェとゼルフィアは離れた。


 自分の感情を、



 ――好き。



 で、片付けられたら良いのだが、人間に揉まれることなく育ってしまったアイカには「好き」も難しい。



 ――人を好きになるって……?



 馬車に押し込められるエメーウの背中を、チラッと眺めるリティアの横顔を見て、アイカは考え込んでしまう。


 半狂乱になった母の喚き声――自分を呼ぶ声が、耳に蘇って、身震いをひとつした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る