第112話 交錯(1)

 リティアが野盗の抜け道を進軍している頃、王都ヴィアナ近郊の列候領から順に、ルカス名義の布告が届き始めた。


 曰く――、



 ――第3王子ルカスは、友国リーヤボルク王国の助勢を得て、王太子バシリオスの叛乱軍を鎮圧した。


 ――王都安寧のため、ルカスはヴィアナ候を襲位し、王権を代行する。


 ――王都ヴィアナの交易は、ヴィアナ候ルカスが従前通りに保護する。



 王弟カリストスは、届いた書状を一読して机に伏せた。



「勢いに任せて攻めてくるかと思うたが……」



 という、カリストスの呟きを受け止めたのは、侍女長のサラリスであった。リティアに同行する審神者さにわメラニアと同い年の24歳。次代を睨んで世代交代に熱心なカリストス配下にあっても、特に若い側近である。


 細身の侍女長は、主君に似て感情を面に表さない。



「いかがなさいますか?」


「所詮は、後手で始まった戦よ。時間ができたなら有効に使わせてもらうほかあるまい。方針通り、周辺列候の慰撫に務めよ」



 切れ者と評されるカリストスだが、バシリオスの決起も、ルカスがリーヤボルク兵を引き入れることも察知できなかった。口惜しい限りだが、素早く、態勢の立て直しに取り掛かっている。


 亡き妻の故地である要衝ラヴナラに入り、離宮に居を構え、配下のサーバヌ騎士団を集結させた。


 甥にあたるラヴナラ候を立てつつ、周辺列候への調略を開始している。既に10以上の列候が、非公式ながらカリストスへの忠誠を報せて来ており、着々と勢力圏を築き始めている。



「……リーヤボルクは、王都に居座るつもりだな」



 カリストスにとって王都ヴィアナは、自分の『作品』であるという意識が強く、他国の兵に蹂躙されていることは腹立たしい。


 ふと、自分の呟きに、戸惑った表情を浮かべるサラリスに気が付いた。


 サラリスには、主君が何故その答えを導き出したのかが読み取れない。息子や孫を支えていくであろう若き侍女長に、カリストスは穏やかな口調でを始めた。



「布告や外交文書を読むときには、書かれておらぬことに目を凝らすのだ」


「はっ」


「この布告では、まず、交易に触れながら、参朝――つまり、王都の神殿参拝について触れておらん。列候にとって、累代の神像への参拝は統治権の証しでもある」



 神をしちに取る――まさに、カリストスが作り上げた聖山三六〇列候への支配システムである。



「そこを曖昧にすることで、疑心暗鬼を誘い、分断を図っておる」


「なるほど……」


「参朝を保証しないとなれば、列候の領内統治の権威に関わる。かと言って、うかうか王都に行けば虜囚の憂き目に遭うやもしれぬ。となれば、列候はルカスの統治に追随した方が得かどうか、大いに頭を悩ます」


「虜囚……」


「それから、自らの即位については一切言及がない。それどころか形式上残っていただけの『ヴィアナ候』に就き、王権を代行するとは、随分、持って回ったやり口だ。あのルカスが考え付くことではない」


「たしかに……」


「リーヤボルクが武力で征服するつもりなら、こんなややこしいことはするまい。剣と弓矢の戦争ではなく、紙とペンの戦争を始めている。王都に残る者を見渡して、そのような芸当が出来る者は、バシリオスの侍女長サラナくらいだが、アレがルカスのために働くとは思えん」



 サラリスにとって、先輩侍女長であるサラナは尊敬の対象であり、カリストスの言葉に深く頷いた。



「リーヤボルクから来た者のうちに知恵者がいると考えるのが妥当で、リーヤボルクの意図までは読めぬが、事態を膠着させようとしていることは分かる」


「あの……」


「なんだ?」


「……布告は、バシリオス殿下ご本人の生死にも触れておりません」


「うむ。よく気が付いた。バシリオスが生きておるなら……と、考えさせるのも狙いであろう」


「生きて……おられるでしょうか……?」



 サラリスの問いに、カリストスは直接は答えず、その目をじっと見詰めた――。

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