第113話 交錯(2)

 王弟カリストスは、侍女長サラリスへのを続けた。



「おそらく、次の布告では、ペトラとファイナの輿入れを報せてこよう」


「輿入れ……?」


「リーヤボルクの将か王族、あるいはリーヤボルク王に嫁がせるかもしれんな」


「……執政の権を握りにくるということですか?」


「そうだ。当面の狙いが、王国全土の制圧ではなく、王都の利権にあることは明白。ならば、リーヤボルク兵の駐屯に正統性を持たせる手を打って来よう」


「……おいたわしいことです」



 カリストスは既に、ルカスの軽率さに疑いがない。リーヤボルク兵を帰国させないということは、完全に籠絡されているのであろう。


 ルカスは、王国統治のため、リーヤボルクに隣接するブローサ候から正妃を迎えた。


 おそらくは、そのルートでリーヤボルクからの調略が進んでいたのであろう。平時であれば、有効な外交ルートになり得たが、王太子謀叛という特大の変事に乗じて逆用された形であった。


 優美な姪たちが謀略の犠牲になるのは忍びないが、今のカリストスには助ける手立てがない。



 ◇



 そのペトラ姉内親王は、大神殿で喪に服している父ルカスが、上機嫌に迎えたことに眉を顰めた。



「わっはっはっはっはっ! どうだ、父は強かろう? バシリオス兄上といえども一捻りであったわ」


「……戦勝……おめでとう…………ございます」



 ペトラは、かろうじて礼容をとった。


 神聖であるべき大神殿の尖塔で、娼婦とおぼしき女たちを侍らせ、酒宴を張っている。見たところ、大神殿に入って以来、ずっとそのように過ごしていた気配が漂う。



「うむうむ。やっと、お前たちに父の強いところを見せられたな」



 そう無邪気に笑う父に――、呆れた。



「……お、王国は……いまだ、混乱しております」


「うむ! それよ!」


「お考えがおありなのですね?」


「心配するな! 父に叛くような者がおれば、たちどころに討ち果たしてみせよう。そうだ。次はペトラとファイナも戦陣に連れて行ってやろう。豪壮な父の姿をその目に焼き付けてくれい」



 それでしたら私もお連れ下さいませと、女たちが媚びた嬌声を上げると、おうおうと笑顔で応えるルカスに、ペトラはそれ以上、なにかを話す気が失せた。


 隣を見れば、ファイナは自分以上に険しく軽蔑の眼差しを向けている。


 総候参朝前、父ルカスに、側妃サフィナの脅威を必死に訴えていたことが虚しくなった。まともに取り合ってもらえず、結局、ファウロスから王都追放の憂き目に遭い、叔父である王太子バシリオスの謀叛を招いた。



「……それでは、父上もお楽しみのご様子……。私たちは、これにて……」


「おお、そうだ。サミュエル公には、もう会ったか?」


「リーヤボルクの……」


「そうだそうだ。儂に大軍を預けてくれた御仁よ」



 ルカスの理解では、リーヤボルク兵は自身の指揮下にあった。


 だが、ペトラとファイナの目に映るルカスは、リーヤボルク兵によって、ていよく軟禁されている。ここに来るまでも、多数の兵士から下卑た視線を浴びせかけられた。



「いや。たいしたお方よ」


「……そうでございますか」


「ペトラ。お前を正妃に迎えたいと言うてくれておる」


「はあ!?」


「もちろん喜んで応じると答えておいたぞ。リーヤボルク王家に連なるお方であれば、我が婿にも相応しい。なにより、行き遅れておったペトラを貰ってくれるというのだからな」



 ははっ、と、ペトラは力なく笑った。



「ファイナの輿入れ先も世話してくれると言うておった。これで、儂も安心できるわ」



 と、心地よさそうに笑うルカスを背に、ペトラとファイナは大神殿を後にした。


 憤りを隠せないファイナとは対照的に、姉のペトラの表情は、聖山王スタヴロスに連なる王家の誇りと責任で引き締まっていた。



 ――我が身を挺して、王国を守るほかない。



 ペトラ姉内親王もまた、孤独な戦いを始めようとしていた――。

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