第114話 交錯(3)

 ルカスの布告が届くや、西南伯ヴール候ベスニクは、王都参朝の準備を命じた。



「せめて全軍を率いてくださいませ」



 と、伯妃にして王国第2王女のウラニアが懇願したが、ベスニクは取り合わなかった。



「なにも、戦を仕掛けようというのではない」


「ですが……」


「列候が自由に参朝できる権利を確認しに行くだけのこと。王国唯一の方伯である私の責務であるし、参朝の格式に則って兵は200のみを率いる」


「王都は、平時ではございませぬ。リーヤボルクの兵を引き入れるなど、愚弟ルカスが正気とは思えませぬ」


「さりとて、大軍を率いて王都に参朝しては、臆病者の誹りを受けよう。案ずることはない。ルカス殿といえど、西南六〇列候を敵に回すようなことはせぬよ」



 ベスニクが小勢で王都に向かうというだけでも、ヴールは上を下への大騒ぎになったが、加えて、太子であるレオノラも随行を申し出たことで、動揺はさらに広がった。


 レオノラはベスニクの長男で、公女ロマナの父にあたる。



「お祖父様の参朝をお止め出来ないまでも、せめて、父上の随行は思い留まってください!」



 ロマナが詰め寄ったが、忠義者の父は穏やかに微笑んでみせた。



「ヴールには、西南六〇列候の参朝の権を保証する責務がある」


「それは分かりますが、なにも父上まで王都に向かうことはないではありませんか!?」


「ロマナ。そなたのお祖父様は偉大なお方だ。我が父ながら、王国の安寧には欠かせぬお方よ。いざというときには、私が身を挺してでもお守りし、必ずヴールにお帰りいただかなくてはならない」


「そのような『いざ』を考えなくてはいけないのでしたら、なおさら行かないでくださいませ! むしろ、お祖父様を止めてくださいませ!」


「はは。そう揚げ足を取るな。王都に向かうは200といえど精兵よ。案ずるには及ばぬ」



 ウラニアとロマナの懇願虚しく、ベスニクとレオノラが出立する朝が来た。


 親戚筋にあたり、西南六〇列候ではベスニクの側近ともいえるエズレア候も、見送りに駆け付けている。


 王弟カリストスが侍女長サラリスに指摘したように、王都の神殿に祀られている累代の神像への参拝は、列候の権威に関わる。「くれぐれも参朝の権を」と、ベスニクに何度も頭を下げている。



 ――ならば、自分も随行すれば良いものを。



 と、ロマナは冷めた目で見ているが、祖父と父に関しては、もはや笑顔で見送るほかないと心を定めていた。


 いざ出発しようというその時、馬上のベスニクが、ロマナに大きなまさかりを授けた。


 ロマナの細腕には、ずしりと重い、豪奢な意匠を施されたまさかりは、西南伯の権威を象徴している。



「ロマナ。ファウロス陛下より賜ったえつは、西南六〇列候を王の裁可なく討ってよいという、方伯の証し。留守中、そなたに預ける」


「お祖父様……」


「ヴールを頼んだぞ」


「……我らが主祭神、狩猟神パイパルに、お祖父様とお父様のご無事をお祈りしております」


「帰ったら、返してくれよ?」


「そんな軽口……」


「はははっ」


「……言ってる場合ではございませぬ」



 つられて笑ってしまったロマナを背に、西南伯ベスニクとその太子レオノラは、王都に向けて出発した。


 その背中が見えなくなるまで、ロマナとウラニアは、じっと見送っていた。

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