第76話 カラクリ

 王太后カタリナの使者が舞台に上がり『王都詩宴』の開幕を告げた。



「アイカ、食事を始めよう」



 と、隣の席に座るリティアが微笑んだ。



「あ……、はい……」


「そう、緊張することはないぞ。楽しめば良いのだ。来年も招いてくれるとは限らないからな」



 舞台上では、旧都テノリクアにあって『詩人の束ね』を務める王太后カタリナの使者から、先んじて行われた『聖都大詩選』の模様が報告されている。


 一年中を旅して過ごす吟遊詩人たちは、王国各地に散らばる神話や伝説や民話を収集し『聖都大詩選』で報告し合う。それらは『聖山の神々』を描く聖山神話に体系的に取り込まれ、叙事詩の一編として、再び吟遊詩人たちの奏でる調べに乗せて王国中に広まってゆく。


 もともとは、テノリクア候家からヴィアナ候に嫁いでいた公女オリガが、跡継ぎの絶えた実家に乗り込み、テノリクア候への即位を宣言したことに端を発する。


 女候オリガは、現国王ファウロスの祖母にあたる。


 その息子スタヴロスを、テノリクア候の後継に立てるにあたり、血統がヴィアナ候家に移る正統性を神話に求めた。


 やがて、オリガと吟遊詩人たちの手によって、――誰も知らなかった――古来から伝わる聖山神話が、一大叙事詩として編纂されていく。テノリクアの主祭神『雷神ラトゥパヌ』は『天空神ラトゥパヌ』となり、総ての『聖山の神々』の父神であると詠われた。


 当然、――それまで、あまり有名でなかった――『戦神ヴィアナ』は、『天空神ラトゥパヌ』の孝行娘であるし、テノリクア候にヴィアナ候の血統が取って代わることは、歴史の必然となった。


 テノリクア候の譲位を受け、父のヴィアナ侯位も得たスタヴロスは、さらに王位に就くことを宣言し、厚く遇していた吟遊詩人たちに『聖山の民』の街々を旅させ、編纂された聖山神話を詠わせ広めさせた。


 磨き上げられた物語に、人々は涙し、笑い、哀しみ、神々の恵みに感謝し、神々の怒りを恐れ、魅了されていく。


 自分たちが父祖の代から長く祀ってきた神様が、――自分たちが知らなかっただけで――ずっと昔から『天空神ラトゥパヌ』の子神であることを知った人々は、テノリクアを『聖山の神々』の故地として聖都と呼ぶようになった。


 そして、自分たち『聖山の民』が、遥か昔から聖山神話を尊んできたことを誰も疑わなくなった頃、後に『聖山王』と諡されるスタヴロスが『聖山戦争』の開始を宣言した。


 統一がなった現在においても、吟遊詩人たちは神話を奏で王国各地を旅して回る。


 年に一度の『聖都大詩選』では互いに収集した情報を交換し合い、また、王太后を通じてが、下賜されることもある。


 つまり、吟遊詩人たちは王国の諜報員であり、神秘的で荘厳な調べを奏でて詠う神々の物語に乗せ、民の常識を上書きできる優れたプロバガンダ要員でもある。


 『王都詩宴』は、を列候に披露する場でもある。


 自領に縁ある神が登場すれば熱狂し、率先して故郷に持ち帰る。


 そこには、王国への参朝を歴史の必然と受け入れる物語が潜んでいる。


 アイカもまた、舞台上で披露されている、王太后選定詩の荘厳な調べに圧倒されていた。



 ――吟遊詩人さんってスゴイんスね! 感動してます!



 まんまと、王国の『カラクリ』に乗せられているが、本人はもちろん気付かない。


 むしろ、この場にいる者の総てが、女王位を追贈され、既にこの世にないオリガの掌の上にある――。

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