第231話 はっきり言えばキライ
翌朝――、
すべての《草原の民》をまえに、長老13人から推戴を受け、バシリオスはあらためて即位と新王国の建国を宣言した。
ひろい草原の真ん中にちいさな舞台をしつらえただけの、簡素な即位式。
アイカもあらためて冠を授ける。
――二度とやらないって言ったのに~!!
と心のなかで叫びつつ、厳かに戴冠式を執り行った。
昨晩、ほんの思いつきで用意した草を編んだ冠は、長老たちから評判が良く、あらたに編みなおした。
草の冠を戴き、見事な体躯で屹立するバシリオスは聖山神話の神々のひとり太陽神カフラヌスを思わせる神々しさで《草原の民》を熱狂させた。
無法な略奪者たちに蹂躙され、それを退けた《草原の民》が、いま求めていたのは武威――、強さであった。
聖地の名をそのままに《コノクリア王国》と国号を定めたバシリオスを、《草原の民》たちは熱狂的に支持した。
広大にひろがる草の大地を揺るがすような狂喜の歓声。
長老たちの懸念が確かであったとアイカは、ちいさくうなずいた。
熱波のごとく押し寄せる民の想い。自分たちの国。家族をまもる刃を得た《草原の民》たちの歓声を、新王バシリオスは泰然と受け止めつづける。
昨晩、アイカより冠を受けたバシリオスは、野営するヴィアナ騎士団の面々と未明まで話し合いをつづけた。
その結果、ヴィアナ騎士団はひとりも脱落することなくバシリオスに従うことを表明した。
また、娘であるアリダと、外孫アメルも、コノクリアにのこると意思を明らかにした。
「テノリアにもどり、リティアを援けるという道もある」
というバシリオスに、アメルは腕組みをした。
「たしかに、リティアはたいしたヤツです! ルーファに退くにしても、第六騎士団をひとりも脱落させなかった」
「……そうだな」
「あいつが
と、アメルは星空を見上げた。
「《草原の民》が崇める祖霊の託宣というものがあったとはいえ、数万の兵をまとめあげ、その家族もふくめれば膨大な数の民をひとつにまとめて、リーヤボルクの大軍に立ち向かわせた。その一事をもってしても、俺ではとてもかなわない。まったく、たいしたヤツです」
アメルは、曽祖父カリストスと共に率いたサーバヌ騎士団をまとめることが出来なかった。
敵にしたのが祖父アスミル、父ロドスであったという特殊事情があったにせよ、騎士たちの気持ちを離れさせ、集団を崩壊させた。
「しかし、俺はリティアともアイカとも合わない! はっきり言えばキライです」
「そうか」
キッパリと言い切るアメルに、バシリオスは苦笑いを浮かべた。
「いつもヘラヘラ笑って、なにを考えてるのか俺にはサッパリ分からない! たいしたヤツだとは思いますが、とてもあいつらに仕えることはできません。お許しいただけるなら、お祖父様の国づくりをお手伝いさせていただきたく存じます」
「わかった。ならば、存分に働いてもらおう」
「光栄に存じます。草原に骨をうずめる覚悟で、お祖父様にお仕えいたします」
と、膝を突いたアメルに、横に座るアリダもうなずいた。
バシリオスはアメルを《王太孫》と定め、いずれ《草原の民》から妃をとると宣言した。
昂りのおさまらない《草原の民》たちは、拐われた同胞を取り戻さんと、いまにもリーヤボルク本国に攻め入りかねない。
――この兵たちは、敗北を知らない。
初陣で歴史的大勝利をおさめた軍勢の危うさを、歴戦の猛将バシリオスはよく見極めていた。
たかい士気を維持しつつ兵制を整え、国家の体制をつくり、返還交渉へと向かってゆく――。
*
バシリオスが《草原の民》の熱狂に推され王位に就いたころ、
ヴールでは近衛兵リアンドラが、ロマナに復命していた。
「ただちに、ヴール全軍でお祖父さまをお迎えにあがる」
と、宣したロマナは全軍の準備が整うのを待つどころか、鎧も身につけずに単騎、公宮を飛び出した。
――ベスニク救出!
の報は、ヴール全土を駆けめぐり、みなが慌ててロマナにつづいた。
エメラルドグリーンのドレス姿で馬を駆り、西南伯領をまっすぐ北上するロマナ。
そのあとをバラバラとヴール軍が追う。
先に追いついた近衛兵ブレンダ。
「ロマナ様! お気持ちは分かりますが、まずは鎧なり身に付けてくださいませ!」
「そんなもの、あとで良い!」
「西南伯領を抜ければ、西方会盟の勢力圏にはいります! 単騎、通り抜けられるものではございません!」
「いまに我が軍が追い付いてくる! フィルネ郊外で軍勢を整えたのち、全軍で北上する!」
と、駆けつづけるロマナに、徐々にヴールの将兵が追い付いて来る。
蹂躙姫の単騎駆けに苦笑いしながらも、みなの顔は明るい。待ちにまった主君の帰還。われ先にと気持ちがはやっている。
しかし、侍女のガラがもたらした急報に、ロマナは馬をとめた。
「……なんだと?」
「た、ただちに……、ヴール公宮にお戻りいただきたく……」
苦渋にみちた表情のガラに、ロマナはしばし呆然とした。
やがて、奥歯をかたく噛みしめ、ヴールに取って返す。表情は険しく、すでに限界近い愛馬に鞭をいれる。
夜通し駆けて、ふたたびヴールの城門をくぐったロマナ。
もの言わぬ姿となった母レスティーネ、そして兄サルヴァと対面した。
そばには祖母ウラニアと、大叔母ソフィアが寄り添う。半狂乱となった弟セリムは自室に戻された。
悲痛な面持ちのウラニアにかわって、ガラが口をひらいた。
「ロマナ様が出立されたのち、レスティーネ様が公宮を制圧するご謀反の命をくだされた模様……」
「うん……」
「それを察したサルヴァ様が……、レスティーネ様をお討ちになられ……、ご自身も……」
「そうか……」
ロマナは冷たくなったレスティーネのほほをなでた。
「母上……。冷たくなるまで、私に触らせてはくれませんでしたね……」
「ロマナ……」
と、ウラニアがうしろから抱き締めた。
しかし、ロマナはレスティーネのほほをなでつづけた。そして、兄サルヴァの額をなで、ふたりの遺体をかたく抱き締めた。
「……もっと、はやくこうしておれば、お止めすることができたのでしょうか?」
「ロマナは……、なにも悪くないわ」
「母上! 母上! ……なんとか言ってください! 親不孝な娘を罵ってください! 兄上! なぜ、母上を連れて行くのです!? 兄上! あんなにも兄上のことだけを愛された母上を、なぜ連れて行ってしまわれるのですか!?」
慟哭するロマナの背を、ウラニアがかたく抱きしめた。
「ごめんね……、ごめんね、ロマナ。……私が止められなかったから」
「……いえ、お祖母様のせいではありません。母上への情を止められず、謀叛の企みを察知しながら軟禁にとどめた私の
このあと、将軍のひとりエンリクが、自決した姿で発見された。レスティーネの命に逆らいきれず兵を動かした責任を感じてのことであった。
軍の動揺を鎮めるため、ロマナはヴールから離れられなくなった。
「……ベスニク様は、アイカちゃんが連れて帰ってくれるそうだから」
ウラニアが、ロマナの頭をなでた。
「はい……」
「私たちは、ベスニク様のお戻りを、穏やかにお迎えできるよう準備しましょう」
ロマナは無言でうなずき、兄サルヴァの遺した手紙をひらいた――。
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