第137話 刃の言葉


「お、脅しだと思うなよ、ロマナ! 女の身の上で、そなたに何ができるというのだ!」



 西南伯の御座で狼狽えるエズレア候が、怒声を放った。


 しかし、それに興味を示すことなく、ロマナは大きく息を吸い込んだ。



「ダビド!」


「はっ!」


「ネストル!」


「ははっ!」


「ロアン!」


「はっ!」



 謁見の間の下座に控える、ヴール軍の将軍たちがロマナの呼び掛けに応じて、次々に膝を折る。



「エンリク!」


「は――っ!」


「オルモ!」


「はっ!」



 その光景を目にして「なっ、なっ、なっ……」と、エズレア候の狼狽は増し、見苦しく左右に顔を振っている。



「ミゲル!」


「ここに!」


「アーロン!」


「はっ!」


「リアンドラ!」


「はっ!」


「聖山の民、最強を誇るヴール軍の勇士たちよ!」


「「「ははっ!」」」


「西南伯の御座を汚す謀叛人を、ただちに討て! 陛下より賜りし方伯の大権は、我が手にあり!」



 ロマナは、リアンドラから受け取った西南伯のえつを振りかざし、エズレア候に向けた。



「ち、血迷ったか!?」


「血迷っているのは貴様だ」



 たちどころに、謁見の間はヴール軍とエズレア軍が入り乱れる戦闘で満ちた。



「守れ! 守れ! 儂を守るのだ!」



 と、喚きながら逃げ惑うエズレア候には目もくれず、ロマナは立てたまさかりに両手を乗せて、泰然と見守った。



「ガラ。私から離れるなよ」


「は、はい……」


「案ずるな。すぐに終わる。ヴールは強いのだ」



 ロマナの言葉通り、時をおかず、エズレア候の首は胴体と離れた。


 主を失ったエズレア兵は武器を捨て、ロマナの足下にひれ伏した。



「姉様……」



 無事に救出されたセリムが、ロマナに駆け寄る。3つ年下の14歳。表情からは怯えが去っていた。



「セリム。よく耐えたな。偉いぞ」


「はい!」


「それでこそ、西南伯家の男子だ! お祖父様が戻られたら、おおいに褒めていただこう」



 セリムの頭を撫でたロマナは、離宮の奪還も命じた。


 そして、西南伯の御座に近寄り、振り上げたまさかりで真っ二つに叩き斬った。



「お祖父様がお戻りになられた折、汚れた御座にお座りいただく訳にはいかん。ただちに取り替えよ」



 やがて、すべてのエズレア兵が投降し、ヴールの公宮は静穏を取り戻した。


 その間、わずか2時間ほどの出来事であった――。



 ◇



 執務室に将軍たちを集めたロマナは、机に地図を広げた。



「当然、エズレアを討つ」


「ははっ」



 ただちに、軍議が始まった。


 将軍たちが状況を素早く整理していく。それを、ロマナは静かに聞いている。



「恐らく、エズレア候の嫡子が、残兵をまとめて守備を固めておろう」


「周辺列候に手が回っておるやもしれぬ」


「あれだけのことを、一人で謀るとは思えぬからな」


「なあに、まとめて討つまでよ」


「時間をかければ、アルナヴィスに付け入る隙を与えかねんぞ」


「王国の状況が状況だ。ラヴナラやペノリクウスの動向にも注意が要ろう」


「王都で虜囚の憂き目に遭われているベスニク様のことも案じられる」


「リーヤボルクは、この機に乗じて攻め込んでくるやもしれぬな」



 ヴールを取り囲む危機を語りながらも、久しぶりの大戦に、将軍たちの声は明るく浮き立っている。


 意見が出尽くしたところで、将軍たちの視線はロマナに集まった。


 エズレア候のクーデターを素早く鎮圧したロマナに、将軍たちは改めて信頼と忠誠を篤くしている。


 そして、その様子を後ろから眺めるガラもまた、ロマナの毅然とした振る舞いに心を奪われていた。屈強な体躯の将軍たちが、可憐な姫の刃の言葉を待っている。ガラも息を呑んで見守った。



「今晩のうちに兵3,000をもって、エズレアを討つ。討伐の兵は私自身が率いる。ダビド、ミゲル」


「「ははっ」」


「私に従え。その他の諸将に不満はあろうが、エズレアをつつけば、鼠が飛び出して来よう。お手数をかけるが、鼠狩りを頼みたい」


「お任せください」


「鼠狩りの指揮はネストルに任せた。私は直ちに出兵する」


「「「はは――っ!!!」」」



 将軍たちは出兵の準備に散り、ロマナは甲冑姿に着替えていく。



 ――姫だ! 姫! 姫!



 と、かつてアイカの心を騒がせた、優美な姫が、凛々しい甲冑姿に包まれていくのを、ガラはポオッと見詰めていた――。

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