第57話 西南伯の紋章(2) *アイカ視点

 立ち上がったロマナさんが、私を見下ろした。



「アイカ。この度の狩りにおける弓矢の働き、見事であった」



 おっと、急にお姫様。


 確かに積んである獲物の半分は私が狩った。残りの3分の1は眼帯美少女のチーナさんが仕留めた。



「よって、褒美として、我が弓矢を授ける」



 か、か、か、


 かっけ――!


 沈み切る直前の夕陽と紅に染まる空を背景に、弓と矢筒の肩紐を持った右手を、私に向けて伸ばしてる。


 リティアさんが軽い口調で、口を挟んだ。



「ちょっと、ロマナ。有難いけど、西南伯の紋章入りの弓矢なんか、貰って大丈夫なの?」



 ロマナさんが胸を張って応えた。



「無論! 第3王女リティア殿下の侍女殿に、遠い異国の弓矢の神の守護聖霊があることを、王太后陛下が直々に審神みわけられた。たまたま旧都に居合わせた西南伯公女が聞きつけて、祝いの品を贈るのだ」



 自信満々に断言するロマナさんに、リティアさんも砕けた表情になって、



「だそうよ。いいから、いただいておきなさい」



 と、私に言ってくれた。


 ひぇー。なんか、光栄過ぎるヤツですよね、これ?



 ――うっ。どうやって受け取れば正解?



 クロエさんをチラッと見たら、いただけば良いという風に頷いてくれた。



 ――違います。そうじゃない。



 クレイアさんがいたら、察して教えてくれるのにぃ。


 ええいっと、両膝を地面に着けて、両手を揃えて前に出した。


 ほぼ、土下座。



「さすがに……」



 と、ロマナさんを戸惑わせたらしく、はははっと、リティアさんが笑った。



「アイカは山育ちで、まだ知らないことが沢山あるんだ」



 と、リティアさんが正しい作法を指導してくれる。


 右膝を立てて、左膝は地に着ける。心臓のある左胸を差し出して恭順の意を示す意味がある。手は右手を下に、左手を上に。右手で受け止め、左手で支えるように受け取る。


 リティアさんの説明を聞いていると、ロマナさんが顔を真っ赤にしてプルプルしていた。



「まだ? そろそろ私の右腕が限界なんだけど?」



 か、かわいい……。



「一回、引っ込めればいいじゃないか?」



 と、リティアさんが笑うと、ロマナさんが泣きそうな怒り顔で、



「天下の西南伯公女が、一回出したものを、引っ込められるかぁーっ!」



 と、大きな声を上げたので、私は慌ててロマナさんの前で片膝着いて、手を差し出した。


 プルプルと差し出していただいた、弓と矢筒を受け取る。


 リティアさんは、笑い転げている。


 失礼ですよ。殿下。



「隠すことはないぞ」



 と、リティアさんを無視するように、ロマナさんが優しく語りかけてくれた。



「我が紋章がアイカと共にある限り、困ったときには、西南伯家がきっと助けるだろう」


「た、大切にします……。あ、ありがとうございますっ」



 ロマナさんが、にっこりと微笑んでくれた。


 ピカピカの弓矢と矢筒。


 私が山奥で使ってたものを出来るだけそのままにというのが、リティア宮殿の方針なのか、ずっと同じものを使ってきた。使い慣れてたけど、クロエさんやヤニス少年が使う、ピカピカの弓矢が羨ましくないことはなかった。


 鉄のやじりを少し怖く感じたけど、やっぱり嬉しい。


 いただいた弓を、そっと撫でた。


 そこに、西南伯家の荷馬車が来たので、狩りの獲物を積み込んだ。



「じゃあ、また。今度は王都で!」



 と、沈んだ夕陽の気配を残した夕闇に、お姫様の笑顔を残して、ロマナさんたちは旧都に戻っていった。


 眼帯美少女のチーナさんも、ペコリと頭を下げ去って行く。


 同行はせず、少し時間を空けて私たちも旧都への帰路についた。



「あいつ……」



 と、リティアさんが、悪戯っぽい笑顔になった。



「この時間に荷馬車を呼んでたってことは、狩りにこのくらい時間がかかること分かってたな」



 むしろ痛快そうなリティアさんの笑い声が、聖山での狩りの締めくくりになった。


 駆けるタロウの背中で、ロマナさんにいただいた弓を握り返す。


 リティアさんとロマナさんとは幼い頃、旧都テノリクアに留学してた時に知り合ったそうだ。帰りの道々にリティアさんが教えてくれた。王家や列侯家の子女は、子供のうちに旧都で聖山神話や歴史を学ぶものらしい。


 リティアさんの耳では、青い雫型のイヤリングが揺れている。


 本日も、おキレイな方々をいっぱい堪能させていただき、いい一日でした。ヘトヘトだけど。

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