第56話 西南伯の紋章(1) *アイカ視点

 ――鷲。マジ、怖かった。



 朝から取り掛かって、夕暮れ時にようやく供物の狩りを終えた。


 みんな、ぐったりです。


 大きな角をした鹿さんが残念ながら3頭しか狩れず、無駄になりかかったので、私が捌いて夕食にすることにした。


 ロマナさんお付きの眼帯美少女チーナさんと、侍女さんを含めて、ここにいるのは6人とも女性。


 うら若き乙女たち――王女1、公女1を含む――が、焚火を囲んで、木の枝に刺した肉を焼いて、むしゃぶりつく。



 ――なかなかシュールで、レアです。



 チラチラと美少女さんたちを覗き見て、目に焼き付ける。


 タロウとジロウには、鹿肉を一頭ずつあげた。今日は走り回ったし、このくらい食べても大丈夫でしょ。


 ていうか、明日から帰りの旅に出発するって正気ですか? へとへとなんですけど。


 もう一日、休んでから行きません?



「リティア、助かったわ……」



 と、ロマナさんが焼けたての鹿肉を頬張りながら、素直にお礼を言った。



「いや。私も舐めてた」



 リティアさんも苦笑い気味に頬張り、ふと尋ねた。



「サルヴァ殿のお身体はどう?」


「兄様の病弱は体質だから……、相変わらずね。仕方ないわ。その分、私が頑丈に生まれたのよ、きっと」



 ロマナさんが、困ったような照れ笑いを向けた。



 ――ふおぉぉぉぉ。



 真っ赤な夕陽と焚火の炎に照らされて、その表情が抜群にお綺麗です。


 映えてます。青春っぽいです!


 最高です!



「言いたいことは分かるわよ。本来なら兄様のお役目なんだから」



 そっか。偉いお家も大変だ……。



「そうそう、リティア。ザノクリフの件、耳に入ってる?」



 という、ロマナさんの問いに、リティアさんが首を傾げた。



「ザノクリフ? ……いや? なにかあったか?」



 ザノクリフ王国は『山々の民』のつくる北方の国。なんか揉めてるって言ってたけど……?



「今年の『総侯参朝』に聘問使を送るって、通達があったらしいわよ」



 と、ロナマさんが指に付いた肉汁を舐めながら言った。侍女さんがマナーを嗜めたけど、お構いなしだ。



「いつ?」



 と、リティアさんの眉に力が入った。



「昨日。ほら、王太后陛下はザノクリフの出身じゃない? 旧都にも使いが来たみたい」


「昨日、王太后 おばあさまの宮にお伺いしてる間か……」


「内戦も6年? 7年? やってるけど、ちょっとは落ち着いたってことかな?」



 と、ロマナさんが、聖山の東に伸びる山岳地帯にマリンブルーの瞳を向けた。その視線の先で『山々の民』が暮らしてるらしい。


 リティアさんは少し考え込む様子で、口を開いた。



「泥沼の混戦から、東と西に勢力が収斂しつつあると聞いていたが……」


「あら、そうなんだ?」


「聘問使を送ってくるのは、どっちだろう?」


「知らないわよ。ヴールウチは王国の中で、ザノクリフから一番遠いところにあるんだから」



 リティアさんが頬に手をあて、顔の横に『トホホ』という文字が見えるような表情をした。



「やっぱり、急いで帰るしかないかぁ」



 嗚呼。リティアさんも、明日お休みにしたかったんですね。


 くたびれましたよね。


 ロマナさんは手を後ろに着いて、胸を反らすように空を見上げた。



「今年はリティアが議定の主宰やってるんでしょ? しっかり働いてよね」



 おおっ。これは、『総侯参朝』でやって来る側と迎え入れる側の会話だ。


 360人の列侯が300人ずつ引き連れて王都に来ても、それだけで10万人以上人口が増えるんだもんね。


 リティアさんの責任も重大だ。


 ふと、リティアさんがニンマリとした笑みを浮かべた。



 ――うわっ。こんな意地の悪そうな笑顔もお持ちでございましたか。



 リティアさん。悪女にジョブチェンジしても、主役級になりそうでございますではないですかっ。



「それはそうと、ロマナ」


「なによ?」


「サヴィアス兄上とはどうなんだ? 頻繁に文のやり取りをしてると聞いたぞ?」



 あの偉そうな第4王子さんだ。


 へぇー、そうなんだ!


 と、思ってロマナさんを見ると、露骨に嫌そうな顔してる。



「やめてよ。『やり取り』はしてないわよ。向こうが一方的に送ってくるだけ」


「ほーんっ」



 というリティアさんを、ロマナさんが眉を寄せ、目を細めて睨み付ける。



「貴女、私の表情見て、その反応?」


「まんざらでもないのかと思って」



 沈む寸前の夕陽に染まる、美少女が美少女を冷やかす画も、様になりますなぁ。



「あんな俺様殿下、まったくタイプじゃないわよっ!」



 ロマナさんは、ふくれて横を向いてしまった。


 やり過ぎですよ、リティア殿下。


 横を向いたままロマナさんが続けた。



「だいたい、母親である側妃サフィナ様の郷のアルナヴィスは『聖山戦争』でヴールウチに裏切られたって言い掛かりつけてて、超攻撃的なのよ。そんなので言い寄る神経が分かんないわ」


「ヴールとアルナヴィスの架け橋になれる、かもしれないじゃない?」



 まだつつきますか、リティアさん。



「お断りです。ていうか、そんな話どこから聞きつけるのよ?」


「そりゃ、王宮の女官たちよ。女官のネットワークはスゴイよぉ」



 ロマナさんは鼻を膨らませて、口をへの字に曲げた。



「うわぁ。サヴィアス殿下様の噂とか、すぐに広まりそう」



 あ。リティアさんが、ちょっとドヤ顔になった。



「その点、私は女官とも良好な関係を築けるよう日々、努力してるからね」


「そんなこと言ってたら、知らないうちに足元すくわれるんじゃない?」



 と、表情を緩めたロマナさんが茶々を入れると、リティアさんは「大丈夫」と力強く胸を張った。


 思わずクロエさんが無表情なまま吹き出して、その様子に一堂が笑いに包まれた。


「そうだ……」



 と、ロマナさんが突然、弓と矢筒を持って立ち上がった。



「アイカよ」



 ――へっ? 私?

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