第55話 聖山の美少女(2) *アイカ視点

「どこなら、撫でても大丈夫?」



 と、待ち切れないようにタロウに視線を移した、ロマナさんが尋ねてきた。



「あ、じゃあ……」



 背中はリティアさんの紋章があしらわれたウルフコートに覆われてる。でも、美少女にお尻という訳にも……。オスだし……。



「首を……」



 私がタロウの首を撫でてやるのに続けて、ロマナさんもそっと手を置いた。



「うわぁ! 意外とモフモフ!」


「ロマナ様、お気をつけ下さい」



 と、眼帯美少女が、我慢出来なくなったように声をかけた。


 大丈夫、大丈夫と、受け流したロマナさんがジロウの首も撫でる。


 リティアさんは、軽くドヤ顔。


 相変わらずお可愛い……。いや……? ドヤ顔にもバージョンがあるのか。そりゃ、相手によって『ドヤり方』も違ってくるよね。



「ありがとう!」



 と、満足したのか、ロマナさんが声を弾ませた。



「さぁ! 狩りね! リティアも一緒させてあげてもよろしくてよ」



 ――狩り?



「あら?」と、ロマナさんが私の表情に気が付いた。「聞いてないの?」


「あのやり取りだけで、ほんとに今日かどうか分からんだろ?」



 と、リティアさんが、抗議するように口をとがらせた。



 ――王都に戻る前に、ちょっと遠駆けしよう。



 というのが、クロエさんだけを連れたリティアさんの誘い文句だった……。



 ――やっぱり、自信なかったんだ。



 ロマナさんが、ツーンっと顔を上に向けて応えた。



「だって、西南伯家が第3王女と手を結んだ、なんて評判立てる訳にいかないでしょ?」



 そんな理由だったのか……。



「誰が聞いてるか分からない公宮で、あの言い回しが限界でしょ?」



 まあねと、言いつつ口をとがらせたままのリティアさんに、ロマナさんが畳み掛ける。



「聖山の森で『総候参朝』の供物を狩りできるのは、王家にも許されてない西南伯家の特権なんだから、光栄に思いなさいよねっ」



 ――うぉぉぉぉ! こ、これは、かの有名な『高慢なお嬢様』ってヤツ?



 いや、むしろ『メスガキ』寄りか?


 リティアさんが口をへの字にして反撃する。



「西南伯家の供物の狩りを、第3王女様が手伝ってあげるっていうんだから、光栄に思うのはそっちでしょ?」



 ウチの無頼姫も負けてないっス。


 ただ、王宮で教わってきたことに比べて、ノリが際どすぎて反応に困ります。クロエさんのポーカーフェイスが羨ましいです。


 よ、要するに、2人は仲良しってことでいいんですよね?


 ふっふっふっと、ロマナさんが不敵に笑って、眼帯美少女の肩を抱き寄せた。



「チーナは西南伯お父様が付けてくれた、西南伯軍ウチ随一の弓の達人なのよ。恐れ慄いて、ひれ伏すといいわ」



 リティアさんが、わざとらしく前髪を払った。



「それでは、西南伯のご公女に、最新情報を教えて差し上げる」


「なによ?」


「我が侍女アイカに、王太后陛下でも御名おんなを聞き取れぬ、異国の弓矢の神の守護聖霊があることが、審神みわけられた」



 えぇー? と、ロマナさんと眼帯美少女のチーナさんから見詰められた。


 というか、ガン見された。


 リティアさんは勝ち誇ったように、拳を握りしめて続けた。



「事実。我が正殿参詣のため、全ての王国騎士団から集められた腕利きの騎士たちの誰もがっ、アイカには弓で叶わなかったのだっ!」



 リティアさん、なんか変なキャラ入ってますよ……。


 それに、急拵えの旅団に『腕利き』が集められたというのは初耳だけど、そっとしておこう……。


 ロマナさんが反り返って、後ろ髪を跳ね上げた。



「ふんっ」



 この姫、「ふんっ」って言ったー!


 髪を跳ね上げながら「ふんっ」って!


 本物……、初めて見ました。


 なんだか、ありがたい。



「それじゃあ、チーナが勝ったら、西南伯軍ウチの方が王国全騎士団より腕が立つってことね? うーわっ。第3王女様、ザコっぽーい」



 はい。メスガキ確定で。


 え? ていうか、勝負なの?


 眼帯美少女チーナさんも「聞いてない」って顔で見てますけど?



「ロマナ、お前……、くくっ」



 と、リティアさんが、笑いを堪えられなくなった。



「神聖な供物の狩りをだな……。『狩猟神パイパル』に怒られとけ」


「私は日頃からヴールの主祭神様には、信仰篤いから大丈夫! ……って、もう! 笑い過ぎでしょ?」



 と、ロマナさんも耐えられずに笑い出した。



「まあ、手伝うよ」



 と、リティアさんが伸びをした。



「昨晩は、皆で風呂に入って略式だが身を清めて来た」



 あれには、そんな意味が……。


 『女子大入浴会 in 旧都』とか浮かれてました。はい。すみませんでした。



「どれだけ狩ればいいんだ?」



 という、リティアさんの言葉に、ロマナさんは聖山の方に目を向けた。



「8種の獣を7匹ずつと、4種の鳥を7羽ずつ。種の数が合ってれば、種自体は問われないけど、猪とワシは入ってる方が望ましいわね」


「それは、大変だ」



 と、リティアさんが表情を引き締めた。



 ――鷲7羽って……、聖山には群生してたりするんですか? 鷲ですよ?



 てか、サバイバル生活中は結界に護られてて、私、鷲とか鷹とか狩ったことないんですよね……。大丈夫かな……?


 ロマナさんは、一昨日の清楚なお姫様スマイルに戻して、にっこりと口を開いた。



「それが、『狩猟神パイパル』のお望みですから」

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