第54話 聖山の美少女(1) *アイカ視点

 おっそーいっ――!



 聖山の麓から、私たちに向かって大きく手を振る女の子が見える。



「うるさいなっ」



 私の隣を馬で駆けるリティアさんが、苦笑いをして悪態をついた。



「アイカ、飛ばすぞ!」



 リティアさんが鞭を入れると、私を乗せたジロウも隣のタロウもスピードを上げる。


 女の子はお付きの2人に挟まれて、飛び跳ねながら手招きしだした。



「はははっ! そっちが早過ぎなんだ!」



 リティアさんが、まだ見たことなかった笑顔で悪態をついてる。



 ――むむっ。こ、こんな表情も……。



 真面目に思い返すと、これまで人とこんなに近くで交わることがなかった。


 人間は色んな表情を持っている。


 美しき方も、然り。


 そんな当たり前のことを、知らずに生きてきてたんだな。


 しかし、何をしても美少女は美少女だ。



 ――尊いとは、このことか。



 女の子が近くなってきて、隣に立つ空色の髪をした少女が、黒い眼帯をしてるのが見えてきた。



 ――あっ! 眼帯美少女だ!



 ということは、横でプリプリしてるのは西南伯公女のロマナさん?



 ――えっ?



 テノリクア公宮でお会いしたときの、清楚なお姫様感ゼロですけど。



 ――飛び跳ねてますし。



 乗馬服みたいな動きやすそうな服装だけど、確かにあの金髪はロマナさんだ。



 ――ていうか、スタイルいいな!



 身長はそこまでではないけど、スラリとしてる。



 ――足、ほっそっ!



 あのヒラヒラフリフリのドレスの中で支えてたのは、そんな爪楊枝のような脚ですか!?


 馬を降りたリティアさんが笑いながら近付いていく。



「早いな」



 と、言うリティアさんに、ロマナさんがふくれて見せた。



「そっちが遅いのよ。今日だって言ったでしょ?」



 公宮の広い廊下で遭遇したときに2人が交わしてた会話を、脳内リティア・ライブラリーから検索する。



 ――ロマナ 『公用なれば、致し方ございません』


 ――リティア 『御用は明日?』


 ――ロマナ 『いえ、明日は身を清めて過ごし、明後日に』



 アレか⁉︎


 アレが約束だったのか!


 明後日は、今日だ!



「狼たちも、連れて来てくれたんだ」



 と、ロマナさんが、後ろ手に身を乗り出して顔を近づけてきた。



 ――って、おいっ! めちゃくちゃ可愛いな! 公女様!



「ロマナが、近くで見たがるだろうと思ってな」



 と、リティアさんが、悪戯っぽい笑顔を向ける。


 それはそうなんだけどねと、ロマナさんが後ろ手のまま私たちの回りを、グルグル歩いた。



「うん! 見たわ」


「触らせてもらわなくていいのか?」


「えぇーっ! 触れるの?」



 と、驚き笑顔のロマナさんが、小さくピョンと跳ねた。



 ――たまらんです。かわいさ無限ですか?



 リティアさんが私に視線を送ってきたので、慌ててタロウとジロウをお座りさせた。



「うわっ! 狼、かしこーい! ……この娘が『無頼姫の狼少女』?」


「そう、アイカだ」


「初めまして、アイカちゃん」



 そんな近距離に麗しいお顔を……。


 こ、これが、距離感バグってるってヤツですか?



「あっ、そうか。公宮で1回会ったね」


「あ、はい……」



 かぁ――。かわいい。目を逸らしてしまった。不覚。

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