第89話 無頼の忠誠(2)
「狼のお嬢ちゃん」
「はい……」
「話をするのは初めてだな。俺は、ノクシアスって言うんだ」
「はい、知ってます……」
と、伏し目がちにアイカが応えると、ノクシアスは自嘲的な笑みを浮かべた。
「ははは。警戒させてしまったな。ひとつ言っておくが、俺は無頼姫を尊敬してるんだぜ?」
「え……?」
「王都の無頼をまとめあげた手腕は確かだし、血を見ることも厭わない。少し窮屈にはなったが、無頼の生活は安定した。俺も無頼姫に任じられた元締の一人だ。無頼姫不在の王都を、誰の好き勝手にもさせねぇよ」
ジッと自分を見詰めたまま語るノクシアスのことを、アイカもジッと観察している。その黄金色の瞳には、少しヤンチャだが頼りがいのあるお兄さんのように映っていた。
――人の上に立つ人、ってことか。
漏れ伝わるノクシアスの噂は、アイカの中でとんでもない悪党という像を結んでいた。しかし、実際に会って話すノクシアスから受ける印象は、それと異なる。
人間社会から隔絶されたように育ったアイカが、初めて遭遇する「複雑な人間」であったかもしれない。
「無頼姫が戻るまで、無頼は無頼の法で、王都を守る」
「はい……」
「ただ、無頼の間ではのし上がる者も出てくるだろうな」
「な、仲良く……、お願いします……」
という、アイカの言葉に、ノクシアスは虚を衝かれたように眉を開いた。
「ふふ。無頼らしく仲良くするさ。無頼らしくな」
それはきっと痛いヤツなんだろうなと、アイカは思った。けれど、妙に信頼することも出来た。
「孤児の食堂を……」
「ん?」
「守ってあげてください……」
アイカが、かろうじて聞き取れるような声で言うと、ノクシアスは目を細めた。
伝え聞く『無頼姫の狼少女』も、天涯孤独の身の上のはずだ。王都を落ちるリティアに付き従うなら、自身にも苦難の道のりが待っている。
その中にあって、孤児たちの行く末を案じるアイカの心根は、ノクシアスの侠気に触れた。
「……分かった。誰にも手出しはさせない」
「約束ですよ……?」
「ああ。こう見えても、俺は正統派の無頼なんだぜ? 口にしたことは守る」
野心に満ちた若き親分と、桃色髪の少女はしばしの間、見詰め合った。
やがて、アイカはゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
「やれやれ。やっと、信じてくれたか。俺は俺なりに、無頼の作法に則って、無頼姫に忠誠を尽くす」
「無頼の作法……?」
「強い者が、上に立つ。それだけだ。強くなくちゃ狼のお嬢ちゃんが大切に想ってる孤児たちも守れねぇだろ?」
ノクシアスは腰を上げ、ゼルフィアに向き直った。
「侍女さん」
「はい」
「束ねの帰りを、ノクシアスは首を長くして待っている。無頼姫には、そう伝えてくれ」
「たしかに伝えましょう」
ノクシアスは楽しげで、それでも険しい表情を浮かべた。
「無頼姫が王都に帰還した暁には、俺が王都の無頼の頂点に立ってお迎えする」
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