第44話 旧都の小宴(1) *アイカ視点

「いや、殿下! アイカ殿の弓は本当に素晴らしいのですぞ」



 と、お酒で上機嫌になったジリコさんが、第2王子のステファノスさんに熱弁を振るい始めた。


 ささやかな歓迎の宴を、ステファノスさんが開いてくれたのだ。


 といっても、立食でたくさんのお料理が並んでかなり豪華。並ぶお皿にはどれも精緻な柄が描かれてて、由緒正しそう。そう言えば、王宮でお世話になりながらパーティ的なものは初めて。



「ほう、それほどにか?」



 と、ステファノスさんが、私を眺めながら楽しげに杯を傾けた。


 頭の切れる強面マッチョ感は、ヤンキー漫画で主人公に立ちはだかる大きなチームのナンバーツーに出てきそう。


 顔の赤らんだジリコさんが、白い顎髭を撫でながら言葉を重ねた。



「実は今回の旅の食糧は、ほとんどアイカ殿の狩りで賄え申した」


「あら。アイカさんはお強いのね」



 と、第2王子妃のユーデリケさんが、会話の邪魔にならないよう、私の耳元で囁いた。



 ――いや、そんなことないっス! 強いっていうのとは違うっスよ! そして、近いっス! 美貌のお顔が近いっス!



 という意味を込めて、俯いた。


 ただの挙動不審だ。



 ――上品ハイソ美魔女。



 と、心の中で名付けたユーデリケさんは58歳らしいけど、どう見ても20代。ステファノスさんも60歳には見えませんし、はだけた胸元から見える胸筋がすごい。


 王様のファウロスさんに連なる男子は、皆さん体格が立派で格闘家のよう。



「アイカさんも遠慮なく食べてちょうだいね」



 と、ユーデリケさんが高級そうなハムを取り分けてくださった。


 確かに無骨な野郎ばかりのお席で、遠慮はいらなさそう。


 小宴に誘われた宰相さんとか世襲貴族の皆様は、狼やら狼少女やらと同席するつもりはないのか、やんわり断ってきたらしい。


 第2王子ご夫妻の他は、一緒に旅した100人くらいの騎士さんや気心の知れた人ばかり。


 ぼっち由来の人見知りな私でも、5日も一緒に旅したら、なんとなく馴染む。激ウマのハムを頬張りながら、会場を見渡すと皆さんリラックスした雰囲気で楽しんでる。


 リティアさんも、うんうん頷きながらジリコさんの話を聞いてる。



「あまりに見事なので、一度、弓に腕の覚えがある騎士たちと競争してみたのですが、これが見事にアイカ殿の勝利!」



 ちょっ。


 ジリコさん、上機嫌すぎますよぉ。



「タロウとジロウも息ぴったりの連携で、次々仕留めていく。いやいや、見惚れましたな、あの妙技の数々には」



 言い過ぎですって!


 あの時、私が勝っちゃった騎士さんたちも口々に褒めてくれてる。分厚いステーキを頬張るヤニス少年も、サラダにフォークを突っ込んでるクロエさんも、盛んに頷いてくれてる。



「私も、この目を疑いましたぞ」



 と、一緒に旅してた、祭礼騎士団の万騎兵長ヨティスさんも加わった。



 ――もう、なんスか? なんなんスか? 褒めても何も出ないっスよ。



 自分が「謎の後輩ちゃん」キャラになってしまう。ギャルではなくて、舞い上がった陰キャの後輩ちゃん。


 ナイスシルバーなヨティスさんが、目を細めた。



「いや、殿下。競争に参加した祭礼の騎士に、お叱り賜るな。アイカ殿の腕が、抜きん出て優れておるのです」



 ジイさん、道中では何も言わなかったのに、そんなこと思ってくれてたんスね。



「ヨティスをして、そう言わしめるとは相当だな」



 ステファノスさんが敬意を払う視線を、私に向けてきた。



「我が祭礼騎士団に加わってほしいものだ」



 腕自慢のムキムキヤンキーが、意外と強かった転校生に『認めるぜ!』みたいな視線で、私のこと見てる。


 て、照れますな。



「兄上っ」



 と、リティアさんが可愛らしさ全開のドヤ顔を炸裂させた。



「アイカは優しい娘なので、人に向けて矢を放ったり出来ないのです」


「そうかそうか。それは申し訳ないことを言った」



 と、ステファノスさんとユーデリケさんご夫妻が、微笑ましげに私を見詰めた。



「ならば、アイカ殿」



 ステファノスさんが私に近寄り、膝を折って目線を合わせてくれた。



「妹リティアに危難あるときは、その弓矢の腕前で払ってくだされよ」



 60歳の兄が15歳の妹に示す親愛の情がどいうものなのか、私には分からない。


 だけど、幸福のお裾分けをいただいたような気分にはなれた。


 ただ、ステファノスさんが言う『危難』が何を指すものなのか分からなかった。それが悪い人のことなら、結局、人に向けて矢を撃てってことじゃない? という疑問は掠めた。


 たぶん、天然さんなんだ。


 強面天然、いいじゃない。


 その時、会場になってるホールの入り口辺りで、ざわめきが起こった。


 なんですなんです? まだ、どなたかいらっしゃるんですか――?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る