第60話 ショートケーキ *アイカ視点

 初めて足を踏み入れる巨大な神殿の中は、思いがけず薄暗い。


 けれどもステンドクラスをふんだんに使った空間は、陽の光が神秘的に差し込んでる。



 ――で、でけえぇぇぇ。



 正面に祀られたラトゥパヌさんの神像は、それだけで20階くらいの高さがあるんじゃないかと思った。


 大仏さんより、でけぇ。たぶん。


 今日は、なにかとでかい。


 巨大な神像の前には、色んな神様の像も祀られてる。こちらは人の身長くらいだけど、とにかく数が多い。ラトゥパヌさんが『聖山の神々』すべてのお父さんであることを象徴しているらしい。


 イリアスさんの先導で、リティアさんが神櫃からアメジストの指輪を取り出して、ラトゥパヌさんの足下に納めて、儀式は終了。


 自室に戻ると、またケレシアさんに侍女の服に着替えさせてもらう。


 今度は王族方の各宮殿に「帰って来たよ」の挨拶回り。


 なんか、


 初めて、


 王族の目まぐるしい忙しさを、体験してます。


 ひーっ。


 いちいち着替えるのが、なんともそれらしい。


 応接室が贈り物で埋まっているので寝室で寝そべってる、タロウとジロウが欠伸をした。


 各宮殿を巡るのは、それぞれの騎士団から借りた騎士さんをお返しする式典の意味合いもあるらしい。同行してくれた騎士さんたちがいかに活躍したか、リティアさんが一人ひとり紹介していく。



 ――これは、大変。



 リティアさん、そういうのも見ておかないといけないのね。


 王太子宮殿では、バシリオスさんと奥さんのエカテリニさんが、泰然とした微笑みで迎えてくれた。


 リティアさんからの紹介を熱心に聞いて、ひとつひとつに謝辞を述べられ、騎士さん一人ひとりにも労いの言葉をかけられる。いい上司。


 第3王子ルカスさんは、ガハハと豪快に笑っておしまい。


 横に控えるペトラ姉内親王さん、ファイナ妹内親王さんは静かに微笑んでおられた。巨体を揺らして笑うルカスさんとの対比で、お2人の可憐さが引き立ちます。相変わらずの王族美人姉妹ユニットっぷりが眩いばかりです。


 王弟のカリストスさんとは、初めまして。


 これは頭良さそうって、顔を見ただけで伝わってくる、切れ者感満載のおジイさん。王様の弟さんに相応しい立派な体格で身長が高いけど、マッチョな感じではない。悪く言うと陰謀家にも見えるけど、笑顔は可愛い。


 そして、王弟宮殿にお住まいの王族方が、たくさん並んでる。


 カリストスさんの息子のアスミル親王とその奥さん。アスミルさんの息子のロドス親王と奥さんのアリダ内親王。アリダさんはバシリオスさんとエカテリニさんの娘で、さらにその息子のアメル親王……。



 ――覚えられるかぁ!



 とりあえず、ニコニコしておいた。


 たぶん、そんなに『絡む』ことないよ。きっと。


 第4王子のサヴィアスさんの宮殿に向かう途中、リティアさんが軽口を叩いた。



「ロマナに会ったぞって、言ってやった方がいいかな?」



 やめとけ、って顔をクレイアさんが返した。


 ゼルフィアさんはクスクス笑って、アイシェさんはキョトンとしてる。


「はは。冗談だ」と、リティアさんが笑って第4王子宮殿に入った。


 サヴィアスさんは話もそこそこに、来年は自分が依代を迎えに行けそうかばかりを聞いて来る。



 ――部下の活躍した話、聞いてあげなよ……。



 それにしても、最初にリティアさんから『宮殿の集合住宅』って言われた意味が、ようやく分かった。


 どの宮殿も、つくりが全く違う。


 別の宮殿に行くには一度、中庭に降りないといけないし、大きな王宮の中に収まってるのに、ひとつひとつが独立してる。


 カリストスさんの発案らしいけど、すごいこと考えるなぁ。


 実現できちゃう財力もすごい。


 サヴィアスさんの嫌味っぽい話を笑顔で受け流し切ったリティアさんは、第4王子宮殿をあとにすると、今度はエメーウさんの北離宮に向かう。


 リティアさんを『なでなで』するエメーウさんが、チラッと私を見た。



 ――い、言ってません! ちゃんと内緒にしてます!



 と、視線で返すと、にっこり微笑んでくれた。美貌……。


 日が暮れる頃に、やっと挨拶回りが終わって自室に戻ると、リティアさんがやってきた。



「さぁ! 礼状を書こう」



 と、列候さんたちから私に贈られた品に、ひとつずつお礼状を書き始めた。



 ――まだ、働きますか。



「こういうのは、早ければ早いほどいい。『本日、王都に帰り着くや貴公のご厚意に触れ、感激しております』とか書けるしな」



 と、疲れを見せず、鼻歌まじりに書状をしたためていく。


 ゼルフィアさんも来てくれて、リティアさんの書状に、私が添え書きする内容を指導してくれる。



 ――私も書くのかっ!



 異世界こっちの文字が分からなければ良かったのに、という訳にもいかない。


 途中、アイシェさんの運んでくれた軽食を摂りながら、272通のお礼状を書き終える頃には、深夜と言っていい時間になっていた。


 ケレシアさんは、とっくに退勤して自宅に帰った。



「聖山三六〇列候中、272か。明日届くものもあるだろうし、まずまずだな」



 と、リティアさんがゼルフィアさんに話しかけた。


 そうか。リティアさんへの忠誠というか、人気というか、支持率というか、そういうののバロメーターにもなってるんだ。


 なんだか、今日一日で急に王宮の一員になった感じがすごい。


 でも、くたびれました。


 ショートケーキを持って来てくれたクレイアさんが、私の頭を撫でて、



「よくがんばったね」



 と、褒めてくれた。


 うっひょい。


 疲れ吹き飛びます。


 ショートケーキ、甘いし――。

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