第61話 大作戦始動 *アイカ視点
「やばいんだ……」
と、リティアさんが呟いた。
朝陽が差し込むリティアさんの執務室に、侍女4人が全員呼ばれてる。
「列候から、宴への招待が殺到してるんだ……」
おおっ! さすが、人気者ぉ!
いかほど? と、アイシェさんが尋ねると、リティアさんが憂鬱そうに口を開いた。
「今朝届いたのも合わせて、既に287……」
すげぇっス! と、思ったけど、侍女先輩3人は絶句してる。
え? ダメなの……?
「しかも、すべてアイカと狼2頭込みで招待されてる……」
私も? タロウとジロウも?
「それは……」と、言ったきりアイシェさんの次の言葉が出てこない。
ゼルフィアさんが咳払いをひとつした。
「殿下のお体はひとつしかありません」
うむと、リティアさんが力なく頷いた。
「総候参朝は、8日間。招待のあった列候すべての宴に参加するのは、無理です」
あっ!
宴って『総候参朝』期間中に開かれる宴会ってことか!
「初日と最終日は王族としての参礼がありますから、実質6日間」
「そうだな」
「
マジすか……。1日8件の宴会っスか?
え? 私とタロウとジロウも?
「アイカはともかく、タロウとジロウが延々と見世物にされることに耐えられるかは分からないので、そのこともご了承いただかなくてはいけません」
ありがたいけど、私もキツいですよ。
「残りは、ご挨拶に顔を出すだけでご容赦いただくほかありません」
「そうだよなぁ……」
と、リティアさんが浮かない顔をした。
お話の問題点がいまいちよく分からなくて目が泳いでいると、リティアさんと目が合った。
「ああ……、そうだな。アイカにも分かるように説明しておこう」
お願いしまっす。
「私は去年の『総候参朝』までは、国王宮殿に住んでいたんだ」
――あ、そうなのか。そうなるか。
「自分の宮殿を持ったのも、第六騎士団長になったのも、『無頼の束ね』に任じられたのも、全部、去年の『総候参朝』で陛下から『聖山誓勅』として発せられた勅命によるものだ」
うん。北離宮でリティアさんが教えてくれたことを思い返す。
――『聖山誓勅』というのは、『総候参朝』の最後に、陛下が『聖山の神々』に誓って布告される勅令で、王国では最も重い勅令なんだよ。
なるほど。ごく最近の出来事ってことですね。
「つまり、去年までは私への招待は来ても3、4件。それに陛下のお供を足しても10席程度しか参加したことがないんだ」
えっ? それが一気に287件ですか?
「ロザリー様を頼りましょう」
と、ずっと思案顔だったクレイアさんが口を開いた。
王様の侍女長の姐さんだ!
「結局、お受けする席と、お断りする席を選別するしかありません。我らだけでは知識も経験も足らなさ過ぎます」
――そ、そういうことかーっ!
「毎年、陛下が臨席されるお席を取り仕切られているのはロザリー様です。ここは素直にお知恵をお借りしましょう」
皆さん、いつもシッカリされてるのに、何を悩んでるんだろ? って思ってた。
すみません。私も一応侍女なのに、悩みを共有できなくて。
精進します。
そうだなと、リティアさんが吹っ切れたように、いつもの明るさを取り戻して、頬杖をついた。
「大人になった『フリ』をするのは、やめておこう」
リティアさんは悪戯っぽい笑みで、皆んなを見回した。
アイシェさん、ゼルフィアさん、クレイアさんも安堵の表情を浮かべてる。
頼れる大人がいるって、いいことよね。
うん。
けど、お2人だって、まだまだ分からないことや出来ないことがあって当然だよ。
最年長のゼルフィアさんでも19歳、アイシェさんが18歳、クレイアさんは転生前の私と同い年の17歳だ。
「それでは、ロザリー様には私から……」
と、言ったアイシェさんを、リティアさんが「私が行こう」と制した。
「頼ると決めた以上、しっかり頼ろう。それにだ……、問題はもう一つある」
と、リティアさんが私の方を見る。
私ですか?
侍女先輩3人も私の顔を見る。
「アイカのテーブルマナーだ」
あ。
私も、お招きされてるんでした。
「それも、ロザリーに頼んでみよう」
姐さんですか? 姐さんのテーブルマナー教室っスか? 厳しそー。
「侍女が列候の宴で席に着くなど、前代未聞だからな」
――ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
クレイアさんたちを差し置いて、私だけってことですか?
マジですか?
そういうの、やめてほしいんですけど。
「王族が取るべきマナーと異なるはずだが、そんなの誰も知らん」
侍女先輩3人が、うんうんと頷いてる。
うわー。なんか、見放された感。
ご遠慮させてもらえないものですかね……?
「その点、ロザリーは確か招かれたことがあるはずだ。世が世なら宰相になってもおかしくない実権を握っているからな」
かくして、アイカのテーブルマナー大作戦が始まったのだ! ……じゃねぇよ。
すっごい、気乗りしない。
絶対、なんかやらかすよ……。私。
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