第152話 国をつくる
北離宮に去るエメーウの背中を見送るリティアの傍に、ヨルダナが立った。
エメーウの妹、リティアの叔母にあたるヨルダナは、いつもの人形のように美しい無表情ながら、発する声には哀切な響きが乗っていた。
「時を見て、とはいかなかったのです……」
「ヨルダナ叔母様……」
「ズルズルと時を重ねては、余計に離れがたくさせてしまう。ルーファに入ったこのタイミングが、お姉様のお心に最も負担が少なくて済むと、皆で考えたのです」
「お心遣い、ありがとうございます。母上と砂漠を旅し、とても楽しかったのです!」
「殿下……」
「駱駝の乗り方を教えてもらい、一緒に乗って笑い合いました。鉄砲水から我が第六騎士団を救ってもくださいました。とてもとても、良き思い出をいただきました! リティアは、生涯忘れません」
「……ただ、リティア殿下」
「はい!」
「もしも、殿下が《砂漠の民》として生きることをお選びになるのであれば、お止めいたしませんし、むしろ歓迎いたします。我らは殿下の生き方を、強制するつもりは毛頭ございません」
「分かりました、ヨルダナ叔母上!」
「申し遅れましたが……」
と、ヨルダナをはじめ、その場にいるルーファの者全員がリティアに深く頭を下げた。
「御父君、ファウロス陛下のご崩御を、謹んでお悔やみ申し上げます」
リティアの目に、急激に涙が浮かびあがった。
異国の貴人から示された弔意は、父の死に改めて実感を抱かされるに充分な荘厳さを具えていた。
思わず目でアイカを探すと、アイカも目に涙を浮かべてくれている。
リティアは小さく頷き、ヨルダナ、そして大首長セミールたちに頭を下げて謝意を伝えた。
◇
――完全に、リティア宮殿だ……。
足を踏み入れたアイカは、驚きと感心と興奮を覚えながら自分の部屋まで進んだ。
リティアは苦笑いが止まらなかった。
――恐るべき、ルーファの諜報力。
近侍の者以外立ち入ることのなかった奥殿でさえ、精巧に再現されている。
「おっ! ここは再現が甘いな!」
と、多少の差異を見つけては笑いが起きるほど、全体としては完璧に再現されている。
帰って来た――、と、錯覚せんばかりであった。
しかし、もちろん窓からの景色は異なる。
いつも見下ろしていた神殿街も、王都の喧騒もない。
執務室に侍女や主だった家臣を集めたリティアは、王都への帰還を宣言した。
「すぐにと言う訳ではない。ルーファで力を養う必要がある」
皆が、頷いた。
「プシャン砂漠を渡って気が付いたことがある。ことのほか、賊が多い」
「たしかに『謁見』の列が途絶えることがありませんでしたからな」
と、ジリコの叩いた軽口に、皆が苦笑いを浮かべた。
「王都に育った私では、想像することもなかったことだ。なにもない砂漠で、あの者たちはいかに生活しているのか」
「言われてみれば……」
ルーファ育ちのアイシェとゼルフィアも首をひねった。
「あの者らを、丸ごと第六騎士団に編入したい」
「「おおっ……」」
無頼と交わることさえ厭わないリティアらしい発想に、皆が唸った。
「ふふっ。王国にありながら主祭神を定めず『六番目の騎士団』とだけ名乗ったことが、ここで活きてくるとはな」
「たしかに……」
と、儀典官のイリアスがいつもの仏頂面で頷いた。
「我らに『挨拶』に来てくれた者たちを見ると、《砂漠の民》もいれば《山々の民》もいた。なかには《草原の民》もいないことはなかった。この分だと南に回れば《密林国》の者たちがいても驚かない。彼らに聖山の神々への信仰を強いれば、騎士団への編入は難航するだろう」
思案顔をしたクレイアが声をあげた。
「あの髭面の首領ジョルジの話しぶりでは、賊にも家族がある風情でしたが」
「もちろん、丸ごと引き受ける」
「丸ごと……、ですか?」
「そうだ。ゆえに、騎士団の増員を図るという感覚でことに当たればしくじる。私たちの国をつくるのだ」
「国を……」
「もともと、第六騎士団は他の正統派騎士団には収まり切らなかった、はみ出し者、荒くれ者、慮外者をかき集めて作った騎士団ではないか」
リティアが、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべると、皆も苦笑いを返した。
「慮外者たちの、楽園を築こうぞ!」
楽園――っ! アイカはリティアの言葉に目を輝かせ、続く言葉に耳を澄ました。
一言も聞き漏らしたくはなかった――。
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