第3話 おもしろい娘

 ヤニスは、田舎臭い小娘を自分の侍女に取り立てようとする主君にも、その仏頂面を崩すことはなかった。


 不逞騎士に手籠めにされそうになっていた小娘には同情するが、事情など第六騎士団の詰所で聞けば良いのだ。騎士団長にして第3王女のリティアが自ら、小汚い土間で肩を抱きながら聞いてやる必要などない。


 だが、おもしろがり始めたら誰にも止められない主君リティアの性情を、ヤニスはよく知っていた。ヤニス自身、三人しかいない衛騎士に抜擢される栄誉を受けたのも、リティアのその性情のおかげだ。


 と、同じく衛騎士のジリコが、青ざめた表情の騎士を一人連れてきた。



「ヴィアナ騎士団、スピロ万騎兵団幕下で千騎兵長を務めます、カリトンと申します。我が配下が不始末をしでかしたと聞き、取るもとりあえず……」



 水色がかった銀髪を揺らすカリトンは、リティアの前に平伏してピクリとも動かない。



「あの者らは無頼と組んで、禁じられた奴隷売買に関わっておったようだ」



 と、アイカの肩を抱いたまま、悠然とした笑みを絶やさないリティアの言葉に、カリトンはますます青ざめた。



「王国にて奴隷が禁じられて長い。この件は、陛下より『無頼の束ね』の任を賜る私の第六騎士団にて裁くぞ」


「はっ」


「そなたらヴィアナ騎士団の長、我が兄上たる王太子殿下には私から断りを入れておこう。ただし、報告は怠るな」



 その時、リティアに肩を抱かれたままのアイカは、



 ――美形! これは、美形!



 と、若き千騎兵長カリトンの美しい顔を愛でていた。


 ヤニスの目にも、同じく衛騎士である黒髪のクロエにも、ただ戸惑っているように見えるアイカだが、次から次に現われる美しい容貌をした者たちに、内心では舞い上がっていた。


 リティアがアイカの肩を抱く手にギュッと力を込めた。



「カリトン。危うく売り飛ばされそうになっていたのは、この娘だ。名はアイカという。良かったら謝罪なり労わりなりの言葉をかけてやってくれ」



 自分に向き直ったカリトンの美しい顔立ちに、アイカは息を呑んだ。



「……アイカ殿。我が配下が迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ない。怪我などはございませんか」


「は、はい……。大丈夫です」



 リティアの部下たちの目に映るアイカは、王族や騎士から近しく振る舞われて恐縮しているように見えていた。だが、アイカの内心はカリトンの流麗な所作に見惚れてお祭り騒ぎだった。


 ただ、リティアだけがアイカの危うさを感じていた。



 ――この山奥で独り育ったという娘は人を信じすぎる。アイラに任せようかと思ったが、守護聖霊があるのなら、私の手元に置いてやるのがいいだろう。



 リティアは話の終わったカリトンに退出を命じた。



「よし、下がれ。あとはスピロにしっかり叱られておけ」


「はっ。申し訳ございませんでした」



 土間を出ていくカリトンを、アイカが名残惜しそうに目で追った。



 ――しかし、おもしろい娘だ。ヤニスとクロエの容貌に見惚れたり、クレイアとアイラの胸元が気になって仕方ないようでもある。今はカリトンという千騎兵長を目で追っている。



 だいたい鑑賞するように自分の顔を眺められたのは、リティアも初めてのことだっだ。


 人間の容姿を褒め称えるのはテノリア王国を構成する『聖山の民』の礼儀から外れる。心の中でさえ打ち消す。他の民族であっても憚って、そのような視線を向けてくることはない。


 

 ――そうか、私は美しいか。



 と、心に浮かんだ考えをすぐに打ち消す自分に、リティアは苦笑いした。



 ――知らないということは、おもしろい。



 なにも知らないアイカの目に、複雑怪奇な王宮がどう映るか。リティアの興味はかき立てられた。



「さて。アイカが良ければ、このまま王宮に連れ帰りたいのだが、どうかな?」



 アイカは目を泳がせながらモジモジしている。


 リティアはこの小柄な少女が、胸の中に湧き上がる沢山の想いを言葉にするのに時間がかかることに、既に気が付いていた。優しく微笑んで、話し始めるのを待つ。



「あの……」


「うん」


「王都に来る途中の森の中に……」


「うん」


「ツレ……を、待たせてて……」


「なんだ、一人ではなかったのか?」


「ツレと言っても、その……、山奥で一緒に育った……、動物で……」


「そうか、それは離れ離れになるのはツラいな。一緒に迎えに行こう」


「それが、その……」


「なんだ……?」


「狼なんです」


「狼……」


「二頭……。大丈夫ですかね……?」



 熊を狩ったと聞いたときも驚いたが、ツレが二頭の狼ときては呆気に取られるほどおもしろい。


 リティアは思わず吹き出して、侍女のクレイアの顔を見た。やはり、目が点になっている。



「よし! アイカの大切な友だちを迎えに行こう!」



 と、リティアは満面の笑みで立ち上がった――。




 ――これが、『天衣無縫の無頼姫』の異名をとるヴィアナ朝テノリア王国第3王女リティアと『無頼姫の狼少女』と呼ばれることになる招魂転生者アイカの、長い長い旅の始まりになった。


 小汚い土間での2人の少女の出会いが、やがて、王国全土を揺るがす大動乱を鎮めることになる。


 けれど、それは少し先の話。


 まずは、アイカが、煌びやかな王宮生活に目を輝かせるところから、2人の物語は幕を開ける――。

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