第104話 制圧(1)

 夜半過ぎ、静まり返ったミトクリアの城門に、大音声が響いた。



「開門! 開門! 第3王女リティア殿下を捕えた! 開門――!」



 深夜に響いた馬蹄の音に身構えていた門番は、松明に照らされたミトクリアの旗を認めるや、たちまち安堵の笑みを浮かべて、城門を開いた。


 城内に突入して来たのは、もちろん、リティア率いる第六騎士団の兵であった。


 歓声で迎えたミトクリアの守備兵たちが、そのことに気が付いたのは、主君を縛り上げられた後のことであった。


 王族に兵を向けた形に、眠れぬ夜を過ごしていたミトクリア候は、喜び勇んで飛び出してきたところを、容易く捕縛された。



「出迎え、ご苦労である!」



 リティアが、満面の笑みで宣言したとき、守備兵の戦意は完全に失われていた。


 主君は王女の足下で無残に転がされ、その両脇には松明の炎に照らされた二頭の狼が屹立している。また、側に控える桃色髪の少女は、吟遊詩人が謡い伝える神弓の使い手――無頼姫の狼少女、であろう。


 守備兵は、命じられるままに剣を置いた。


 夜明けと共に入城してきた第六騎士団本隊は、多数のミトクリア兵と野盗を捕虜に従えていた。



「騎士団に逆らったりするから――」


「さすがは音に聞こえた無頼姫――」


「あれで15歳とは――」


「恐るべき聖山の血筋――」



 ざわめく街の大通りを、第六騎士団が抜けて行く。



 ――す、すげぇ……。



 公宮の一室から見下ろすアイカの目に、その光景はひたすら眩しかった。


 争い事に抵抗のあるアイカだが、鮮やかな勝ちっぷりに、胸躍るものを抑え切れない。


 そこに、第六騎士団に同行する元締の娘、アイラが姿を見せた。アイラはアイカのでもある。



「アイカ。無事だったか」


「はい……」


「さすがは王都に名高い無頼姫……と、いったところ。また、リティア殿下の伝説が増えたな」



 アイラの軽やかな賛辞に嬉しくなったアイカが見上げると、その立派な膨らみが邪魔して表情が窺えない。アイカは初めて、戦場の興奮と高揚で、愛でる心を失っていたことに気が付いた。


 合流してきたカリュも、馬上で盛大に揺らしていたはずだが、記憶が曖昧だ。


 汗を輝かせ、返り血を拭うリティアの笑みが美しかったことを覚えているが、命を獲り合う男たちの喚き声の方が実感を伴って思い起こされる。あの場所では、アイカもまた傍観者ではいられなかった。



 ――帰りたい。



 瞼の裏には、宮殿を脱出する直前、一緒に入浴したアイラの裸体が浮かぶが、随分遠く感じる。


 煌びやかな王宮生活の裏に、ドロドロとした思惑が流れていたことは、イヤと言うほど思い知った。しかし、あの湯煙の中で屈託なく笑い合う女子たちこそが、アイカにとって戻らなくてはいけない、楽園であった。


 アイカのをよそに、腰を屈めたアイラが、窓の端に顔を乗せた。



「しかし、エメーウ様は美しいな」


「ずっと一緒だったんですか……?」


「ああ。無頼の娘とはいえ、しょせん非戦闘員だ。ジリコ様たちに守られて、ずっと一緒だった」


「リティアさん……殿下のことを、なにか言ってました……?」


「ん?」



 と、アイラは窓に顔を乗せたまま、アイカの顔を見た。


 朝陽に逆光になったアイラの髪が紫に輝き、ふと、アイカは、最初に出会ったときのリティアを思い出した。



「心配されているご様子で、何度か馬車から顔をのぞかせていた。お蔭でご尊顔を拝することが出来たわけだけど……」


「そうですか……」


「雲の上の方々とはいえ、母が娘を想う気持ちに違いはないな。幼い頃に母がいなくなった私には、羨ましい限りだ」


「いなくなった……?」


「そうか。言ってなかったか」



 と、アイラは窓の外に目線を移した。



「アイカとは、美しい方々のことを語り合うだけだったからな」


「あ、はい……」


「突然、いなくなったんだ。チンピラと駆け落ちしたんじゃないかって噂だ……」


「噂……」


「本当のことは分からないんだ。ある日、突然、煙のようにいなくなった。幼いなりに随分探したけど、どこにもいなかったよ」



 と、2人の視界に、侍女長のセヒラに手を引かれ、公宮に入るエメーウの姿が入った。



「……愛してくれる母親とは、いいものだな」



 軽くため息を吐いて、眩しそうに目を細めて笑うアイラのことを、アイカは直視することが出来なかった――。

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