第103話 遭遇戦(4)

 白狼タロウに跨るリティアと、黒狼ジロウに跨るアイカを先頭に、腹背を突かれた形のミトクリア兵は算を乱した。



「タロウを借りたばかりに、アイカにも先頭を切らせてしまったな」



 と、リティアは目を細めた。その視線の先では、ネビの隊に押されたミトクリア兵が、逃げ腰で応戦している。


 へへっ、と、反応に困ったときの笑いを返したアイカも、数人の太ももを射抜いた。



「父上も兄上たちも、ここぞというときは先頭に立って突撃したのだそうだ」


「へえ……」


「指揮官として褒められたものではないが、血の気の多い我が家の伝統だな」



 その一員に加わった高揚を隠さないリティアを見詰めながら、アイカはファウロスやバシリオス、ステファノス、ルカスなどの姿を思い起こしていた。


 あの格闘家のような体躯をした男子が突撃する様は、容易に想像できたし、さぞ勇壮であった事だろうとアイカは軽く頷いた。そして、語り聞かされて育ったリティアが、そのような父や兄に憧れていたことも理解できる。


 しかし、アイカ自身が、戦場――命の獲り合いの場に慣れたという訳ではない。


 リティアがいなければ、そっと身を隠してしまいたい。



「第3王女がいるぞ!」



 ミトクリア兵の隊長らしき者の怒鳴り声に、アイカはサッと顔色を変えた。


 しかし、リティアは悠然と悪戯っぽい笑みを浮かべて応えた。



「ここだー! 第3王女リティアは、ここにいるぞー!」


「い、生け捕れー!」


「ははっ。なかなか骨があるではないか」



 という、リティアの賛辞を隊長が聞くことはなかった。チーナの矢が眉間を射抜き、どうと馬から落ちたのだ。


 しかし、その声を合図に増援が押し寄せたミトクリア兵は、体勢を立て直し始める。木々の合間から見える前線が膠着してきたのが、アイカにも見て取れた。


 ジリコがリティアに馬を寄せた。



「殿下。そろそろ頃合いかと」


「うむ。母上を頼んだぞ」


「しかと」


「ミトクリアで会おう」



 リティアの紋章をあしらった幟を掲げたジリコの一団が、左方向に突撃すると、ミトクリアの兵全体がそちらに流れた。



「第3王女を捕えろ!」


「王女一人捕えれば、我らの勝ちだ!」


「攻撃は受け流せ!」


「王女を追うのだ!」



 ミトクリア兵の怒号を追撃するかのように、右方向に兵を向けたリティアは、そのまま戦線を離脱した。



「アイカ、走るぞ」


「はいっ!」



 リティア率いる90名の軍勢は、深い森の中を全速力で駆け始める。



「しかし、タロウは賢いな。なにも言わずとも私の行きたい方に駆けてくれる」


「ジ……ジロウも賢いです……」


「ははっ。その通りだ。陛下より賜った、最後の贈り物だな」



 少し寂しげに笑ったリティアの視界が開けた。


 森を抜け、日没間近の荒れ地を駆ける。


 微笑みを絶やさないリティアの横を駆けるアイカは、一団の右手から追ってくる騎馬を見付けた。



「殿下! カリュさんです!」


「お。この位置で合流してくるとは、さすがカリュだな」



 別行動していたカリュが、的確に合流してくることは、間諜としての優れた情報収集能力を示している。



 ――サヴィアス兄に渡さなくて良かった。



 と、リティアの片眉が皮肉めいた笑みを描くと同時に、カリュの声が響いた。



「リティア殿下侍女、カリュ。復命いたします!」


「許す!」



 カリュの駆る騎馬が、リティアの側を並走する。



「西方に『リティア殿下は旧都に向かった』と、流言を撒きました」


「うむ。ご苦労」


「ミトクリアの兵が動いたとの情報を得て、急ぎ復命した次第」


「さすが、耳が速いな」


「遭遇前に復命できず、申し訳ございません」


「気にするな。我らはこれよりミトクリア本領を討つが、なにかあるか?」


「はっ。隊商より得た情報では、ミトクリア候本人は出陣せず、公宮に籠っている模様です」


「そうか。それでは、ご挨拶せねばなるまいな」


「はっ」 


「喜んでもらえるかな?」


「それはもう」



 と、笑ったカリュは、実質的に初陣でありながら、狼の背に跨り、騎士たちを悠然と率いる新しい主に心を奪われていた。



 ――これは、退屈しなさそうね。



 カリュが主と同じ方向に目を向けると、ちょうど日が落ち切った。


 暗闇の中を、リティアたちの一団が駆けて行く。

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