第102話 遭遇戦(3)

 ミトクリア兵を振り切ったリティアの一軍は兵を止めた。


 馬を降りたチーナが、ジロウに跨ったままのリティアに近寄り、片膝を突いた。



「ロマナ様に代わってまかり越しました。どうか、末席にお加えくださいませ」


「チーナ、助かった。礼を言う」


「もったいないお言葉」



 ミトクリア兵の急襲は躱したが、戦況は良くない。


 千騎兵長ドーラが指揮を執っているはずの第六騎士団本隊は、野盗とミトクリア兵に挟まれる形になっているはずであり、わずかな護衛に守られるだけのエメーウたちも孤立している。


 百騎兵長のネビ、旗衛騎士のジリコ、それにチーナも、リティアを囲んで即席の軍議が始まった。



「ミトクリア候の思惑はともかく、追撃の手が止まったということは、ドーラ殿が戦線を立て直し、背後を突いておるのは間違いありますまい」


「森が全容を覆っておりますが、ミトクリア兵は、ざっと二千といったところ」


「ミトクリアの、ほぼ全軍というところかと」


「随分と賭けに出たものだし、随分と見くびられたな」



 と、口の端を上げたリティアに、ジリコも皮肉めいた笑みを浮かべた。



「我らに倍する兵力で奇襲をかけても、なお自信が持てず、野盗まで使っているのです。けな気なものではありませぬか」


「ここからミトクリアまで走れば?」



 リティアの問いに、夕暮れ近い空を見上げジリコが応えた。



「おおよそ、夜半過ぎには至りましょう」


「よし」



 と、低く声を発したリティアが、皆を見回した。



「引き返して、もうひと当たりした後、兵を分ける。ジリコは我が旗を掲げ、10名を率いて母上を守りつつ本隊にに合流してくれ」


「はっ」


「私は残り90を率いて、ミトクリアの本領を突く」


「「ははっ」」



 と、応える豪の者たちに、アイカは眼を見開いて、唇を噛んだ。


 比較的小規模とはいえ、ハッキリ戦場と呼べる場所に身を置くのは初めてのことであった。吐き気をもよおしそうなほどの緊張を感じているのに、目の前のリティアたちからは余裕さえ感じる。


 ふるっと小さく身体を震わせたアイカが、リティアの視界に入った。



「アイカ」


「はっ、はいっ……」


「私の側を離れるな」


「はい……」


「案じるな……と、言っても無理か」


「あ、いえ……」


「我らは強い。見よ」



 と、リティアは、身体を休め、次の闘いに備える第六騎士団の兵士たちを指差した。



「あれだけの数に襲われた我らの兵に、大きなケガをした者さえおらぬであろう?」


「ほんとだ……」


「王国の騎士団とは、そういう存在なのだ」



 胸を張り、顎を高く上げたリティアは、アイカを落ち着かせるように微笑んで見せた。


 兵員に指示を出し終えたネビが、ジロウに乗ったままのリティアに馬を寄せた。



「殿下。馬に乗り換えられますか?」


「いや。さすが“陛下の狼”。なかなかの乗り心地だ。アイカとジロウが許してくれるなら、このまま攻め入りたいが……、どうかな? アイカ」



 リティアの言葉に、アイカは少し背を丸めた。



「あの……」


「なんだ? なんでも言ってくれ」


「タ……タロウも……、殿下に乗ってほしそうにしてて……」



 ん? と、アイカの乗る白狼を見ると、確かにチラチラと自分の方を見ている。リティアは、大きく口を開けて笑った。



「ははっ! それは、光栄だな! 分かった。乗り換えさせてもらおう」

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