第101話 遭遇戦(2)
セヒラは、リティアにしがみ付くエメーウの肩に手を乗せ、リティアの耳元に口を寄せた。
「ヨルダナ様より仰せつかっております」
と、セヒラが囁いたのは、水色の大きな瞳をした、母エメーウの妹の名前だった。
ギョッとして、セヒラの顔を見たリティアの耳に、ヨルダナの言葉が蘇る。
――お姉様のことは、ルーファが責任を持って面倒を見ます。
セヒラはそのまま身体を沈め、エメーウに寄り添った。
「さすがリティア殿下は、セミール大首長のお血筋。賊など早々に追い払われましょう」
「お祖父さまの血筋……」
エメーウは眼を左右に激しく動かした後、セヒラの方に顔を向けた。
「セミール大首長様に、よい土産話をつくって下さりましょう」
「お祖父さまに……」
「ええ。強い娘を育ててくれたと、エメーウ様もお褒めに預かりましょう」
「そうかしら……?」
「もちろんでございます。私たちは馬車の中で吉報を待たせていただきましょう。さあさ、アイシェ。エメーウ様をお連れしますよ」
と、その時、タロウの背に乗ったままのアイカが、場違いなほどに明るく大きな声を出した。
「するめ姫!」
「誰が、するめ姫だ!」
「ジロウの背に乗ってください!」
にこりと気品ある笑みをアイカに向けたセヒラが、タロウとジロウを指差した。
「ほら。リティア様が、プシャンの狼たちを駆って行かれます。セミール大首長様の喜ばれる顔が目に浮かぶようではありませんか」
二頭の狼をジッと見詰めたエメーウが小さく頷くと、リティアは躊躇いなくジロウの背に乗った。アイカ以外の人間を初めて乗せる黒狼であったが、むしろ誇らしげに大地を踏みしめた。
リティアを護る三衛騎士も騎乗し、戦闘の喚声が響く、前線に向けて駆け出した。
「むっ。誘い出されておりますな」
と、聖山戦争歴戦の勇士でもある旗衛騎士ジリコが眉を寄せた瞬間、右前方から喚声が上がり、敵影が現われた。
クロエとヤニスが抜剣し、瞬時に斬り捨てたのは、野盗ではなく正規兵であった。
「迎え撃て!」
ネビの怒号が飛び、たちまち乱戦の中に置かれた。
ドーラの率いる本隊と、リティア達を分断する形で突撃してきたのは、いずれかの列候領の正規兵であった。
応戦するジリコが唸った。
「謀られましたな」
「いずこの兵ぞ!?」
リティアもジロウの背で抜剣している。
襲い掛かる兵士たちを、次々に斬り捨てていく三衛騎士。その合間を、鋭い矢が飛び、敵の眉間を射抜いた。
「殿下! ご無事ですか!?」
「おおっ! そなたは」
馬を駆りながら矢を放った主は、リティアにも見覚えのある水色髪に眼帯を着けた少女であった。
「西南伯軍所属、公女ロマナ様旗下、チーナにございます! 及ばずながら、ご加勢させていただきます!」
チーナの手元から絶え間なく放たれる矢は、確実に敵兵を射抜き、軍勢の前進を鈍らせた。
「殿下。敵はミトクリアの正規兵と見受けられます」
「ミトクリアだと?」
「恐らく、狙いは殿下を生け捕りにすること。ここは一旦、お下がり下さい」
チーナの弓勢にも助けられて、戦線を立て直したネビの兵団に護られながら、リティアたちは少しずつミトクリア兵から距離をとってゆく。
側妃サフィナの差配でサヴィアスを宴に招いたミトクリア候が、リティアの身柄を狙う理由は考えるまでもなかった。
――サヴィアス兄を王位に就けるつもりか? 王国が滅びてしまうわ。
リティアは鼻で笑いながら、後退を続けた。
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