第100話 遭遇戦(1)
「テノリア王家に連なる第3王女として、また、第六騎士団の長として断を下したまでのこと」
リティアは、早口で捲し立てる母エメーウを一蹴するように、冷たい視線を返した。
「そなたは、何も分かっておらぬ! ペトラとファイナを連れ帰れば、ルーファにどれだけの益をもたらすか」
「母上」
「すぐに兵を発して、連れ戻すのです! ドーラ! ドーラはどこ? いや、ネビがいいわ。ネビ!」
「はっ……」
「ルーファより参ったそなたなら、私の言うことが分かろう!? すぐに追うのです!」
「母上。第六騎士団の長は、私なのです」
「リティア。今は分からなくとも、いずれ母が正しかったと分かる時がきます! ネビ、なにをしているのです!? すぐに出発するのです!」
冷然と佇むリティアだったが、その拳が堅く握り締められていることに気付いたのは、アイカだけであった。
豹変する母親。
心を貫く芯棒が、どれほど堅固であろうとも、土台から揺さぶられる。ましてや、その大きな支えであった父ファウロスが非業の死を遂げたばかりである。
「軍権は我にあり。全軍、フェトクリシスに向けて出発する」
と、身を翻したリティアの背中に、皆が従ったが、こみ上げてくるものを感じていたのは、アイカだけであった。
黄色と言ってもよい金髪を揺らす侍女長セヒラに促されたエメーウも、目を吊り上げたまま顔を背けて、出発の準備にその場を立ち去った。
アイカは、ぷるぷると顔を左右に振ると、笑顔を作ってリティアを追い駆けた。
「するめ姫――!」
「やめんか」
と、リティアは白い歯を見せた。
◇
逗留していたクヌルトゥアを出発した後、リティアは母エメーウを運ぶ馬車には同乗せず、愛馬を駆って深い森を進んだ。
その冷厳とした表情は、かつて従わぬ無頼たちを討った時に見せたものと同様で、第六騎士団の騎士たちも敬意と畏怖の念を持って続く。
追っ手をかけられても、迎撃しやすい地形を選んで進軍している分、速度が出ない。
「エメーウ様が、馬車に乗るようにと仰せです」
「今はよい」
「ですが……」
本来はリティアの侍女長であるアイシェが、何度もエメーウの使いとして馬車に乗るように呼びに来る。ゼルフィアは馬車に同乗したまま、リティアに姿を見せない。
リティアの側を走るクレイアとアイカも、アイシェの言うことでは口をはさめず、ただ眉を顰めていた。
と、前方を進む兵の足が止まった。
「野盗の襲撃です」
急報が入り、左前方から喚声が上がった。既に戦闘は始まっている。
木々に視界を阻まれ、敵の全貌を認めることは出来なかったが、侮れぬ数が襲い掛かって来ていることは分かる。
「出る」
と、短く言ったリティアが、戦闘の前線に馬首を向けると、馬車のドアが勢いよく開け放たれ、エメーウが叫んだ。
「リティア! そなたが行くことはありません! ドーラに任せておけば良いのです!」
「母上……」
取り乱したエメーウが、馬車を降りて駆け寄ると、リティアも仕方なく馬を降りた。
リティアとエメーウの周囲に、千騎兵長ドーラの指示を受けたであろう、百騎兵長ネビの兵が展開され、防御陣形を築いていく。
「リティア。行ってはなりません!」
「前線で指揮をとらぬ騎士団長など、聞いたことがありません」
「そんなことは、どうでもいいのです。リティアが危険なところに行く必要などありません」
リティアの腕を強く握ったエメーウは、必死の形相で睨みつけている。
「そなたが、私の言葉に逆らったことなど、なかったではないですか? どうして、母の言うことが聞けないのです!?」
「殿下……、ここはエメーウ様の仰る通りに……」
と、膝を突くアイシェに、クレイアがたまらず声を上げた。
「殿下には、殿下のお考えが……」
「控えなさいクレイア」
「しかし……」
「母君の仰せですよ」
アイシェとクレイアの視線がぶつかり合ったとき、エメーウの侍女長セヒラが、そっとリティアに近寄った――。
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