第202話 こんな気持ちか...
ラドラム城に入る前、アイカはカリュとアイラに相談していた。
そして、
――本心を聞き出すならば、君臣の隔たりが明確になる前、入城直後しかない。
という思いを固めていた。
主君から事実を聞かされないまま斃れていった西侯セルジュの兵士たち。
その迷いに満ちた表情が、アイカの脳裏に焼き付いていた。
――対立するにしても、せめて、その《わけ》くらいは、身分に関係なく知る権利がある。
なかには命をおとした者もいただろう。しかし、あんまりな最期だと、アイカは思う。
バルドル城での出来事は、アイカにとって何重にも悔いが残る、苦い教訓となった。
東侯エドゥアルドが、家臣をあつめて自分を迎えてくれたことを、もっけの幸いとして、ややもすれば強引に話し合いの場とした。
出たとこ勝負にはなったが、かつてルーファに到着するや姉エメーウを隔離したヨルダナのことを思い出していた。
とはいえ、偉そうぶっても、すぐに化けの皮がはがれる。
――ナーシャさんから、いろいろ教えてもらったとはいえ、どうせ自分に王族の威厳なんかない。
そう覚悟をかためたアイカは、初対面の出合い頭に、自分の本当の気持ち――つまり、皆んなの気持ちを聞きたいと伝える賭けに出た。
そして、その賭けは吉と出た。
重臣のひとりが、まとまった皆の考えを述べる。
「我らが主君、東侯にしてラドラムの太守エドゥアルド、それに、グラヴ、ヴィツェ、プレシュコ、ヴィスタドル、それぞれを治める太守。この主要5公がイエリナ姫を推戴する形を整えれば、きっと内戦はおさまりましょう」
むずかしい顔をして、うなずくアイカ。
そっと、アイラをそばに呼ぶ。
「はっ」
「……すいたいってなんですか?」
「えっ……? えっとぉ……」
問われたもののアイラにも分からない。助け船を出すように、ナーシャがささやいた。
「推戴とは、みなで
――やっぱり、そうなりますか……。
アイカが大きく息を吸い込むと、東候エドゥアルドが顔をむけた。
「いかがですかな? イエリナ姫」
「……私は、ザノクリフのみなさんの喧嘩を止めるために来ました。皆さんが、一生懸命に考えてくださったご意見にしたがいます」
おおぉ……、と、感嘆の声が漏れた。
そして、アイカは、どうしても言っておかなくてはならないことを、意を決して話した。
「ただ……、私はみなさんの喧嘩が止まれば、一旦、リティア
女王に即位して、すぐに国をあける。
突拍子もないことを言っている自覚はあった。
しかし、これだけは外せない条件だった。ザノクリフの内戦がおさまっても、テノリアの混乱がおさまるわけではない。リティアのピンチは、まだまだ続く。
重臣のひとりが、ズイッと前に進み出た。
「はばかりながら、ご意見申し上げる」
「はい……」
アイカは息を呑んだ。
厳しい表情をした重臣の顔を、まっすぐに見つめる。
「イエリナ姫におかれましては……」
「は、はい……」
「なんと……、なんと、義にあついお方にご成長なされたことか……。大切と仰られる
重臣の目には、みるみる涙がたまってゆく。
車座にすわる他の家臣たちも、うなずきながら鼻をすすり始めている。
「我ら下々の者からも話を聞いてくださり……、それも、このような長時間……。どうぞ、思うようになさってくださいませ。まこと、我らが女王と仰ぐにふさわしいお方にございます」
と、重臣は泣き崩れるように平伏した。
みなもそれに従い、一堂がアイカにひれ伏す。
エドゥアルドが、穏やかな声音で、戸惑うアイカに話しかけた。
「……我らはこの内戦で、近しいもの同士であっても裏切り、欺き、だまし……、すっかり《義》というものを見失っておりました。心洗われる思いにございます」
そして、丁重に頭をさげた。
「あ、ありがとうございます……、まずは、喧嘩を止めましょう!」
アイカの言葉に、みなが顔をあげ涙をぬぐった。
「そして、みんなが仲良くできるように! 皆さんたちだけで仲良くできる方法を、一緒に考えてください!」
家臣たちが力強くうなずくのを見て、アイカは本殿の隅にたつ緑髪の少女をそばに呼んだ。
西候セルジュが、にせのイエリナ姫に仕立てようとしていた少女であった。
「この
アイカはエルの瞳を見つめた。
バルドル城からの道中、アイラと一緒に世話をして、すこし笑顔もみせるようになった。
西候セルジュに利用されようとしていたエル。奴隷として売られかけたアイカ。
もしも、自分がリティアと出会わなければ、エルの境遇と、そう違わないことになっていたかもしれない。どうしても放っておくことができず、ラドラム城まで連れてきた。
アイカは、家臣たちに顔をむけた。
「こんな
みなは、ふたたび深く頭をさげた。
*
東候エドゥアルドは離れに移り、アイカ一行の滞在場所として、ラドラム城の本殿が明け渡された。
早速、エドゥアルド以外の主要4公に会見を申し込む使者が送られ、その返答を待って過ごす。
エルは、とりあえずアイカの女官ということにして保護した。アイラ、カリュの手伝いをしながら、かいがいしく働いている。
その姿を横目に見ながら、アイカはナーシャに話しかけた。
「……どうでしたか?」
「ん? ……なにが?」
「あの……、王族として、私、大丈夫でした?」
「ふふっ」
ナーシャは優しげに微笑み、アイカの桃色のあたまをなでた。
「素晴らしかったわ」
「そうですか!?」
「……私など、しょせんは息子2人の争いも止められなかった、不甲斐ない王妃」
「そんなこと……」
「私なんかじゃ思い付きもしない方法で、みんなの気持ちをひとつにまとめたわ。とても、素晴らしいと思うわ。尊敬しちゃう」
「や、やめてくださいよぉ……」
ほほを赤らめたアイカが、顔をそむけた。
「あら、ほんとうよ? あれだけ屈強な男たちが並ぶ中、自分の意をつらぬいた。ザノクリフの歴史にのこる名君になっちゃうんじゃない?」
「……っ」
「ふふっ。ほんとうに楽しみ」
微笑むナーシャの顔を、チラッと見上げて、アイカはにやける顔をおさえようと軽く唇を噛んだ。
――母に認められる。
とは、こんな気持ちかと、両こぶしを握りしめ、プルッと小さく震えた。
そうして過ごしながら、アイカは、城で雑用をこなしてくれるメイドたちの、カリュとナーシャを見る視線に気がついた。
男尊女卑の気風が濃いザノクリフにあって、賢く逞しい女性像は、新鮮なものに映る。
彼女たちには、いわゆる『男勝り』の働きと見える。
中庭では、チーナの披露する弓の腕前に重臣や城兵たちが唸っている。ザノクリフでは女性の兵士自体がいない。
根付いた文化はそうそう変えられるものではないと思いながらも、できれば、そういうところも変えていけたらと、アイカは考える。
主要4公から、アイカとの会見に応諾する返書がとどく頃、アイラとジョルジュの姿が城から消えた。アイカの密命を帯び、王都ヴィアナに向かわせたのだ。
東候エドゥアルドと公子クリストフが、アイカの前に姿を見せた。
「ヴィツェの太守ミハイ、グラヴの太守フロリン、プレシュコの太守ニコラエ、ヴィスタドルの太守セルギウ。いずれも、イエリナ姫との会見を承諾いたしました」
「良かったです」
「こちらに控えるクリストフも、ホヴィスカを治める太守。会見には同行させます」
「あ、はい」
自分が言い出したことの帰結とはいえ、知らないおじさんたちと、また会わなくてはいけない。
それなりに人となりを知っているクリストフがいてくれることは心強かった。
ただ――、
バルドル城の尖塔からの脱出以来、クリストフに会うと、ギュウッと抱きついていたことを思い出してしまい、まともに顔をみることができない。
ほほには、押し当てていた首筋の肌の感触がよみがえるし、汗の匂いが甘く思い出される。
あかく染まりそうなほっぺたを手で押さえて、アイカはエドゥアルドを見た。
「それで……、みなさんにお会いするのは……」
「場所は廃都ザノヴァル。……もとの王都ですが、内戦の勃発以来、荒廃しております。しかし、イエリナ姫の推戴について合議するのに、ほかに相応しい場所がございません」
「あ、はい……。みなさんが、それで良ければ、私はどこでも……」
「ヴィスタドルの地は、廃都ザノヴァルから遠く、それに合わせて2週間後と期日を定めました」
「分かりました」
「それまでは、どうぞ城にて、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
ある意味、なりゆき任せでザノクリフまで来たアイカ。
しかし、たくさんの血が流れている戦争を、自分の存在によって止められるかもしれないと思うと、見て見ぬふりすることはできなかった。
その行動の結果が、あと2週間で出る。
両手に、グッと力がこもった――。
余談ながら、ほほにあてた手に力を込めたので、結果的にアイカは変顔になった。
それを真正面から見せられたエドゥアルドは大変、反応に困った。
退出したあと「あれは、どういうことであろうか?」と問われたクリストフだが、
「さあ? 嬉しかったんじゃねぇか?」
とだけ、そっけなく応えた。
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