第203話 いつもの調子

 ヴィツェ太守のミハイが、会見場所に案内された時、すでに他の太守は到着していた。


 廃都ザノヴァルの、焼け落ちた王城が見渡せる草原に張られた天幕。


 中央には大きな円卓が置かれ、7つの椅子が等間隔にならんでいる。


 すでに到着していた3人の太守――グラヴ太守のフロリン、プレシュコ太守のニコラエ、ヴィスタドル太守のセルギウは、席につかず円卓から離れて立っている。


 ミハイは若く端正な顔立ちに、皮肉めいた笑いをうかべた。



「これは、どういうことだ?」


「どうぞ、お好きな場所にお座りくださいませ」



 応えたのは天幕の隅に立つ、えらく乳の大きなメイドだった。テノリア様式の衣服を身にまとうからには、書状にあったイエリナ姫の家臣なのだろう。


 ミハイは、ほかの太守たちの顔色をうかがったが、無表情なまま動こうとしない。


 席の序列が不明確な円卓は、ザノクリフではあまり見かけない。


 場の主導権はとりたいが、どの席に座ればよいのか決めあぐねているといったところであろう。


 王城を背にする一席が、この場においては恐らく首座となるだろう。そこはイエリナ姫のためにあけておくべきだ。


 ミハイはメイドに尋ねた。



「で? エドゥアルドはどうした?」


「まもなく、おみえになります」


「ふむ……、じゃあ、俺はここだ」



 と、ミハイは首座の右隣に腰をおろした。


 ヴィスタドル太守のセルギウが、ふかい皺の幾重にも刻まれた老貌から伸びる、長い顎ひげをなでた。



「ミハイよ。なぜ、その席を選んだ?」


「なぁに、たまたま最初にイエリナ姫を保護したからって、エドゥアルドが隣に座って、側近ヅラされるのが業腹なだけだ」


「なるほど、それはそうだ」



 と、ミハイの倍はあろうかという筋肉質な巨体を揺らして、グラヴ太守のフロリンが首座の左隣に座った。


 それを見て、ピクリと眉を動かしたプレシュコ太守ニコラエは、小兵ながら引き締まった体躯をフロリンの隣におろした。


 そして、目を伏せ、職人めいた気難しそうな表情で、黙ってイエリナ姫の到着を待つ。



「ふふ。空いた席をならんで残しておかなければいいのであろう?」



 そう言うと、セルギウは首座の向かい側に残った3席の中央に、老体をしずめた。


 円卓をかこむ7席に、首座とその向かい側に一席、それにミハイとセルギウの間に一席の3席がのこった。


 ミハイは、あふれ出る野心を隠し切れない、切れ長で大きな瞳を細め、メイドに尋ねた。



「おいおい。イエリナ姫とエドゥアルドのほかに、あと誰が来るんだ? まさか、ホヴィスカごとき小領を治めるにすぎないクリストフにも、我らとならんで着座させるつもりか?」


「いえ……」


「じゃあ、誰のための席なんだ?」


「イエリナ姫のつよいご希望で、バルドル太守、西候セルジュ様にも招待状を発しております」


「来るわけがない」



 と、即座に否定したのは、プレシュコ太守のニコラエであった。


 閉じていた目をカッと開き、侮蔑するような表情を浮かべている。


 西候陣営にくみするニコラエは、ミハイとおなじく、にせのイエリナ姫――エルを、セルジュから引き合わされていた。


 この会見に向かうにあたっても、セルジュから、引き留める書状が届いている。


 ミハイは口の端をあげ、鼻で笑った。



「だまし、だまされなど日常茶飯事。セルジュのおっさんも、知らぬ顔をして来ればよいものを、存外、肝がちいさいな」


「王家にのこる唯一の正統、イエリナ姫を騙ったとなれば、すこし話がちがうな」



 グラヴ太守のフロリンが言った。


 グラヴは、ミハイが治めるヴィツェと隣接し、ふたりは何度も戦場で矛を交えている。言外に、まんまと騙されたミハイに対する皮肉が込められていた。


 そこに、ラドラム太守、東候エドゥアルドが姿をみせた。


 そして、迷うことなく首座の向かい側、ニコラエとセルギウの間に腰をおろす。


 席次にこだわりをみせないエドゥアルドの振る舞いに、ミハイが鼻を鳴らした。



「エドゥアルド、ひとりか? イエリナ姫はどうした?」


「まもなく、おみえになる」



 とだけ言ったエドゥアルドは、皆を見渡した。


 ザノクリフ王国に割拠する群雄たちが一堂に会するのは、内戦の勃発以来、はじめてのことである。


 左隣にすわるセルギウが、老齢ゆえのしわがれ声で、エドゥアルドにささやいた。



「この円いテーブルは、おぬしの趣向か?」


「いえ。イエリナ姫のお考えです」



 セルギウは、開戦当初からエドゥアルドに味方してきた。王都ザノヴァルから北にとおく離れたヴィスタドルを治めるとはいえ、エドゥアルドとしても一定の敬意をはらう必要があった。


 この場にすわる5人の主要太守は、ときに敵で、ときに味方で、しのぎを削りあってきた。


 東候と西候。それぞれ盟主を仰ぐかたちにはなったが、根底には、互いに同格という思いもある。


 しかも、エドゥアルドの治めるラドラムに隣接したヴィツェの太守ミハイなどは、つい先日、西候側に寝返ったばかりである。


 皆が腹のうちに隠す本音とは別に、場はうすい緊迫感に覆われている。


 やがて、クリストフと眼帯美少女チーナに左右を固められたアイカが、姿をみせた。



「あ……、ども……、ども……」



 席を立って出迎える5人のたちに、へこへこ頭をさげながら天幕にはいってくる桃色髪をした小柄な少女。


 隣にひかえるチーナの方が毅然として見え、よっぽど高貴に思えた。


 そして、アイカが席にすわろうとすると、乳のおおきなメイド――カリュが、椅子をひいた。


 虚をつかれたのはミハイだけではない。初めてアイカに会う4人の主要太守の全員が呆気にとられた。


 アイカが選んだ席は、彼らが首座と考えていた席ではなかったのだ。


 ミハイとセルギウの間に腰をおろした、アイカが、緊張した面持ちのまま、みなに声をかけた。



「……みなさん。どうぞ、座ってください」



  *



 席にはつかず、立ったままのクリストフが、これまでの経緯を淡々と報告してゆく。


 アイカは背筋をのばすことだけを心がけ、伏し目がちに座っている。


 真正面を見据えようとしたら、ボディビル選手のような巨体をしたグラヴ太守フロリンがいて、



 ――こ、こわっ……。



 と、視線を円卓におとしたのだ。


 ひと癖もふた癖もありそうな、5人の主要太守。


 うしろにはカリュとチーナが控えてくれているとはいえ、場違いなところに来てしまったという緊張感は高まるばかりであった。



 ――だけど……、を止めてもらわないと……。



 と、エルのことを思い出す。


 ザノクリフ王国に入って以来、たくさんの孤児を目にしてきた。


 王都ヴィアナとちがい、地下水路などもない。雨風をしのぐことも出来ず、野ざらしに、飢えた瞳を爛々とさせていた。


 クリストフの報告がおわり、アイカに発言を促す。


 奥歯をグッと噛みしめたアイカは、クッと顔を上げ、太守たちひとりひとりの顔を見据えた。



「み……、みなさんに……、仲良くしてもらいたくて……」



 ふと、エドゥアルドの好意的な視線が、目に入った。


 奥ではクリストフが、いつもの飄々とした表情に、ややバカにしたような笑みをうかべている。



 ――もう! すこしくらい味方っぽい顔してくださいよっ!



 大きく息を吸い込んだアイカは、改めてたちの顔をながめた。



 ――この人たちも、別に、敵ってわけじゃない……。



「戦争を止められる方法を、一緒に考えてください」



 突然、キッパリと言い切ったアイカに、小兵で職人肌な風情を漂わせるプレシュコ太守ニコラエが、目を見張らせた。



「……いくさを止めるのに、異存はない」



 それに、大きくうなずいたアイカは、ほかの太守たちに視線をうつす。


 アイカの倍以上はあろうかという大きな顔のあごをなでたグラヴ太守フロリンが、訝しげに口を開いた。



「我らの領土を安堵なさるおつもりが……」


「そんなこまかいことは、後でいい」



 兆発的な表情をしたミハイが、フロリンの発言をさえぎった。


 ムッと睨みつけるフロリンにかまわず、ミハイは隣に座るアイカに向けて、グッと身を乗り出した。



「問題は、イエリナ姫が、本物かどうか……、ってことだろ?」



 自分を値踏みするように顔を寄せるミハイに、アイカは、



 ――ほう。……そこそこ美形ですね。



 と、いつもの調子を取り戻しつつあった――。

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