第26話 西からの報せ
リティアたち一行は、北離宮に側妃エメーウを見舞った帰り道、夕暮れ時の賑わいを見せる街路を抜けて行く。
狼を目にした街の者は、一瞬言葉を失う。
が、すぐに「あれか」「あれが」と、物珍しそうに声を上げてゆく。
タロウとジロウに巻かれたリティアの紋章があしらわれた幟は、ドッグコートならぬウルフコートに仕立て直され、二頭の狼を凛々しく飾っている。
――北街区の者たちは見慣れてきたか。元来、新しい物好きだしな。
リティアが満足気に微笑んだ。
一行が進む先の角に、北の無頼の元締シモンの娘アイラが控えているのが目に入った。
リティアはアイカとクレイアに待っているように伝え、衛騎士たちに目配せして角を曲がって脇道の奥に進んだ。
そして、片膝を付いて待っていたアイラに楽にするよう伝え、馬を降りた。
「ご公務中に申し訳ありません」
「いや、遊んでいただけだ。どうした?」
「奴隷売買に関わっていた無頼を突き止め、踏み込んだのですが、既に逃亡した後でした」
「ふむ。親玉は分かったか?」
「いえ、その尻尾は中々掴ませません」
「そうか。どこに逃げた?」
「恐らく西域です」
それもそうかと、リティアは頭を掻いた。
奴隷売買が盛んなのは西域国家で、裏で暗躍しているのは西域の隊商たちだろうと察しはついていた。
そして、西街区の無頼もチラつく。
リティア自身が西の元締に任じたノクシアスは、まだ若く、野心家でもあった。
「それから殿下」
「なんだ?」
「西域でリーヤボルク王国の内戦が、終結しました」
「なんと! 無頼の情報は迅いな。騎士団はまだどこも掴んでいないぞ」
と、リティアは大きく開いた瞳を、アイラに向けた。
リーヤボルク王国は、テノリア王国と国境を接する西域の国で、王位を巡る内戦が30年以上続いていた。
「アンドレアス大公が大会戦を制し、王位に就きました」
「聞かなかった名前だ」
「さらに西の、フェンデシア大公国に養子に出されていた血筋だそうです。西域中から兵を集め、一気にリーヤボルク王国領に攻め入ったようです」
「ふむ、『総候参朝』で聘問に来るかな?」
「まだ、そこまで治まってはいなさそうです」
「そうか」
「……むしろ、国境の防備を固めるべきかと」
「なるほど」
高貴な騎士服に身を包む15歳の美少女と、スチームパンクな衣装を纏う18歳の美少女が、国の大事に関わる会話を交わしているとは、街の誰も気付かない。
考えをまとめたリティアが、アイラに問い掛けた。
「陛下のお耳に入れても大丈夫か?」
「はっ。ただ、無頼からの情報であることは断られた方が良いかと」
分かったと返答したリティアは、踵を返した。
隣国の内戦終結は、ますます交易が盛んになることを予期させる、喜ばしい報せである。
が、王国の主力騎士団であるヴィアナ騎士団で、西域隊商の影を感じる事件が起こるなど、胸につっかえるものが残るタイミングでもあった。『無頼の束ね』として、王都の警視総監的な役割も担うリティアが用心しておくに越したことはない。
旧都テノリクアに旅立つ際は随行する騎士の数を絞り、王都内の諜報にあたらせることを考えながら、リティアはアイカたちの元に向かった。
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