第25話 美貌の母娘 *アイカ視点

「迷惑だわ」



 ――うわーっ! キタコレ!



 ペトラさんとファイナさんが帰るや否や、天衣無縫の母君エメーウさんがカウチに寝そべって口を尖らせた。



「言い過ぎですよ」



 と、エメーウさんの侍女長セヒラさんが、ブランケットをふわりとかけた。黄色と言ってもいいような金髪を長く伸ばし、貴婦人! って呼びたくなる美人さんだ。



「アイカ殿が、ビックリしてしまわれますよ」



 いや、大丈夫っす! そういう感じも大好物です。とは、言えないので小さく首を振った。



「ここは、母上のためだけの城だ。お好きに振る舞われるのがいい」



 と、リティアさんが苦笑いした。



「あの娘たち、サフィナをどうにか退けたいのよ」


「ええ」


「無理無理、絶対無理。小娘たちじゃ、あの女の恐ろしさが分からないのよ」



 あ――、こういう感じかぁ……。クッションに顔を埋めて、足をバタバタさせてる。けど、専属侍女のセヒラさんはともかく、クレイアさんもクロエさんも平然としている。見慣れたものなんだな、これ。



「ペトラ殿もファイナ殿も、父親のルカス兄上のことを心配されてるだけですよ」


「いい? リティア。絶対に王位に色気があるように見られちゃダメよ」


「はいはい。分かっております」


「絶対よ?」


「無頼と交わる私が、王位を窺っていると疑う者など、王都に一人もおりませんよ」


「でも、手柄を立てちゃってるじゃない?」



 クッションに埋めた頭を傾け、チラッとリティアさんを見上げる、拗ねたようなお顔。


 私史上で恐縮ですが、美貌の破壊力記録の更新です。



「王国の先々代は女王だった先例もあるし……」


「無頼姫が王位を夢見ているなど、冗談に言う者もいませんから」



 と、リティアさんの方がむしろ娘を諭すような明るい苦笑いを浮かべた。そういう表情もお持ちなんですね。



「あの娘たち、バシリオス様の娘のアリダ内親王にも茶々入れてるみたい」


「アリダ殿に? 王弟孫に嫁がれ、むしろ王弟宮殿の方でしょうに」


「知らない。カリストス王弟殿下も抱き込みたいんじゃない?」



 リティアさんは少し眉を動かして、考え込んだ。


 王様の7つ下の弟、カリストスさんは王様と両輪で王国を現在の形に立ち上げた功臣だそうで、頭が切れるともっぱらの評判だ。


 テノリア王国では王族が閥族化することを嫌って、親王・内親王として遇されるのは王様の孫までで、次の代はもう王族から外れる。本来、先代王から数えて曾孫にあたるカリストスさんの孫ロドスさんは、王族にカウントされなくなる。


 しかしそれを、王太子バシリオスさんの一人娘アリダさんと再従兄妹はとこ婚させ、内親王の配偶者は親王であると申し立てて、親王位を維持させた。


 さらに、王弟孫ロドスさんとアリダさんの間に出来た息子アメルさんも、親王と内親王の息子は親王であろうとして、親王位を認めさせた。王弟の曾孫が王族の一員であることを維持するのは、かなりな横紙破りであるにも関わらず、王弟自身が打ち立ててきた様々な功績から、表立って異議を唱える者はいない――。


 うんうん。私、よく覚えてる。歴史の授業は嫌いじゃなかった。


 そもそも、旧都テノリクアからヴィアナへの遷都を献言したのがカリストスさんだそう。


 旧都の神殿に無造作に並べられていた列候領から召し上げた神像を、王都になったヴィアナに遷し、祀る神殿を新しく列候たち自身に建てさせることを献言したのも、カリストスさんだそうだ。


 『総候参朝』の生みの親とも言えるし、交易路の整備によって莫大な経済力を王国にもたらしたのも、カリストスさんだ。


 ヴィアナの王都としての建設が始まったのは、『聖山戦争』開戦20年後の長く続いた戦争の中盤の出来事。


 伝統や慣習にうるさく、継戦の足枷になっていた世襲貴族を旧都に置き去りにし、騎士など一代貴族を中心とした国家運営に組み替えるキッカケをつくったのもカリストスさん。


 王国の大功臣だ。


 しばらく考え込んでいたリティアさんが口を開いた。



「カリストス叔父上ご自身はともかく、あの事なかれ主義のアリダ殿が、ペトラ殿とファイナ殿の話に乗ることはありますまい」


「それは、そうだけど……」



 と、カウチの上で寝返りを打って、テラスの屋根を見つめるエメーウさんがつまらなさそうに言った。


 美人の、つまらなさそう……。


 いいですよね。私は大好きです。



「母上は、揉めさせたいんですか?」



 と、リティアさんの笑い声が舞った。



「そんな訳ないじゃない。リティアが巻き込まれたら嫌なだけ」


「我が第六騎士団が護ってくれますよ。な、クロエ」



 あ、リティアさん面倒になりました?


 クロエさんが、あからさまに「振るな」という顔を見せた。



「はっ」


「本当? クロエちゃん本当? なにがあっても、リティアを護ってくれる?」


「はっ。力の限り」


「でも、騎士団の中で一番、小さいじゃない。千騎兵団ひとつだけでしょう?」


「少数精鋭ですから……」


「本当?」



 美貌の圧が強いウザ絡み……。なんていうか、なんていうか……。いいです! でも、こっちに来ないで。でも、いいです!



「母上。『万騎兵長議定』を終えたら、勅命により旧都テノリクアに向かいます。しばらく王都をあけますが、これから日を追うごとに寒くなります。お体を労わってお過ごしくださいね」


「そう……、気を付けてね」



 『勅命』という言葉には身が引き締まるのか、エメーウさんが口をつぐんだ。何に思いを巡らしているのか分からない感じの表情……。


 お美しい横顔だけど、胸の奥がチリッと痛んだ。



「王妃様によろしく伝えて」


「はい。分かりました」


「エメーウ様」



 と、侍女長のセヒラさんが、エメーウさんの肩に触れて声をかけた。


 うわっ、いい! このお二人も、いいなぁ。



「そろそろ、冷え込んで参ります。お身体に障るといけませんから、寝室に戻りましょう」


「そうね、分かった。リティア。戻ったら顔を見せに来てね」


「その頃には、ルーファの大おじい様も到着されていますよ。きっと」



 リティアさんの言葉に、エメーウさんもやっと笑顔を見せ、セヒラさんに付き添われて寝室に向かって行かれた。



「さて」リティアさんが、いつもの悪戯っぽい笑顔を見せた。「帰ろう」 



 立ち上がって大きく伸びをするリティアさんに、クロエさんとクレイアさんの緊張も少し緩んだ。



「しかし、タロウとジロウはいい子だな! ずっと、お座りしてたじゃないか。帰ったら、なにかご褒美をやりたいな!」



 本当だ!

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