第24話 内親王姉妹

「今年の『万騎兵長議定』は、リティア様が主宰を務められているとか」



 と、ファイナ妹内親王が、濃紺の髪を揺らし、儚げな美しさを具えた顔立ちに、リティアを労う笑みを浮かべた。



「はい。今日から始まりました! 初めて務めるので、胸が弾みます!」


「さすが、リティア様ですわ」



 と、ペトラ姉内親王が、琥珀色の髪の奥に光る淡い青緑色の瞳に、謙譲の色を浮かべて感心して見せた。



「初めてのことを、恐れられない。見習いたいご姿勢です」



 アイカは、昨夜も一緒に湯に浸かってくれたクレイアから、湯語りに教えられた王国の情報――主に、王宮で実しやかに囁かれる陰口、噂話の類――を、思い起こして復習する。


 王国、王宮の禁忌タブーを踏んでリティアに迷惑をかけたり、追い出されたりしたくない。



 ――王様の子供は王子、王女。孫が親王、内親王。第3王子の娘、ペトラ姉内親王は21歳、ファイナ妹内親王は17歳。


 ――適齢期を過ぎてもペトラが嫁ぐ素振りを見せないのは、側妃サフィナが、王妃アナスタシアの血統である王太子や、父である第3王子ルカスを排斥しようと企んでいるのではないかと警戒しているからだという、噂――が、あるらしい。



 何重にも不確かな話だが、噂話とはそうしたものだ。


 アイカの金色に光る瞳に、ペトラの姿が陰湿な宮廷闘争から父王子を守って闘う、健気で美しいお姫様のようにインプットされてくる。


 背景情報が加えられると、より深く愛でられる。



「今年も『万騎兵長議定』が始まったということは、『総候参朝』も間もなくですわね」



 と、ファイナ妹内親王が、賑やかな祝祭の始まりが待ち切れないという表情で声を弾ませた。


 ペトラ姉内親王は、一年前の出来事を思い起こしながら、



「昨年の『聖山誓勅』では、リティア様の第六騎士団創設と『束ね』に任じることが発せられましたわね」



 と、思わせ振りに空を見上げて話した。


 ふと、リティアの目に、初めて聞く言葉に興味を示すアイカの視線が入った。



「アイカ。『聖山誓勅』というのは、『総候参朝』の期間の最後に、陛下が一年間の指針や制度の改革などを『聖山の神々』に誓って布告される、勅令のことを言うんだ。王国では最も重い勅令なんだよ」



 と、リティアが桃色の髪をした小柄な少女に語り聞かせる様を、エメーウが満足気に眺めた。



「今年は、どのような勅令が発せられるのでしょうね?」



 と、ペトラ姉内親王が空を見詰めたまま話を続けた。



「さあ? 陛下の御心の内を推し量ることはできませんよ」


「そろそろ、サフィナ様にも離宮を賜れば宜しいと思いません?」



 ペトラ姉内親王が、にこやかな笑みを浮かべて、エメーウのことを見据えた。エメーウも笑みを返すが、言葉は返さない。ペトラが続けた、



「エメーウ様には、このような立派な離宮を賜りましたのに、サフィナ様がお可哀想ですわ」



 アイカは――、ビビッていた。何かの駆け引きが始まっている。


 めったに見れないものを目にする思いで、右手がポップコーンを探して宙を掻いた。


 エメーウが穏やかな笑みで口を開いた。



「こちらは療養のために、故郷の祖父が建ててくださいましたのよ」



 ――サフィナさんの故郷アルナヴィス候領は、経済的に苦しかったはず。



 アイカは、クレイアから教わる王国事情を思い起こし、サフィナの出自を当て擦りながらペトラの持ち出した話題を牽制する、エメーウの美しい横顔に目を奪われていた。



 ――最高です!



 スタンディングオベーションしたい気持ちを、必死で押さえる。



「それに、私も療養中の身。国王宮殿で陛下を御一人にしては、申し訳がありませんわ」


「旧都から、王妃様がお戻りになれば良いではありませんか」



 ――本題は、それかー!



 クレイアから予め「噂話」を聞かされてなかったら、つい頷いてしまっていたかもしれない。


 側妃――お妾さんは別宅に、本妻の王妃様は本宅に。ペトラの主張は筋が通っている。ただ、実際は王太子位を巡る宮廷闘争の色合いが強く、リティアやエメーウの立場で一方に加担すると、身を危うくすることに直結する。


 率直に言えば、巻き込まれたくない。


 リティアの侍女として、にこやかに受け流すという振る舞いを事前に教えてもらってなければ、どんな隙を与えることになったのか、アイカにはまだ分からない。


 とりあえず、ニコニコした。


 そして、ペトラに本題を斬り込ませる話題を振ってしまったのは、エメーウの不用意な一言だった。


 数瞬、美しい女性たちが微笑んでいるだけの時間が過ぎた――。



「そうだ!」



 と、リティアが、場を破る、明る過ぎる声と共に手を打った。


 エメーウ、ペトラ、ファイナは微笑を湛えたまま、リティアの方に顔を向けた。



「今年の『総候参朝』には、ルーファの大おじい様がお見えになるそうですよ」


「まあ! 大首長様が?」



 と、ファイナ妹内親王が髪色と同じ濃紺の瞳に喜色を浮かべて、リティアに応じた。


 姉ペトラが思い詰めていることは知っていたが、一度に踏み込み過ぎるのは良い結果をもたらさないと考える聡明さがある。



 ――まあ! が、こんなに似合う人。初めてです。



 心の中で手を合わせて仰ぎ見るアイカをよそに、ペトラも嬉しそうに、



「それは、『総候参朝』が華やぎます。王都の者たちも喜ぶことでしょう」



 と、言葉を添えた。


 妹ファイナの意図を汲み取り、エメーウの祖父、ルーファの大首長セミールを讃える言葉で、際どい話題を打ち切った。


 大首長セミールは都市の首長ながら王者の貫録を湛え、武威を感じさせる華がある。そのため、尚武の気風が色濃い王都の者たちからも人気がある。



 ――ふう。いいもの見せてもらったぜ。



 アイカは、達人同士の抜き合いを見終えたように息を抜き、心の中で額の汗をぬぐった。



「議定主宰が、布告前の情報を漏らすものではありませんよ」



 と、リティアを窘めるエメーウだが、声は弾んでいた。


 際どい話題が去ったこともあるが、敬愛する祖父セミールに数年ぶりに会える嬉しさが勝っている。外交のある国からは『総候参朝』の折に、聘問使が派遣されてくるのが慣例だが、近年は父である首長シャヒンが訪れることが多かった。


 エメーウは中庭でジッと待っているタロウとジロウに目線を移して、楽しみだわと呟いた。



「思いがけずリティア様にもお会いできて、僥倖でしたわ」



 と、ペトラ姉内親王が立ち上がり、ファイナ妹内親王もそれに続いた。



「すっかり長居してしまいました。エメーウ様、またお邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろん。離宮での生活は、療養のためとはいえ暇を持て余しているのよ」


「ありがとうございます。どうかご自愛くださいませ」



 と、両内親王は羽根がふわりと落ちるように、お辞儀をした。



 ――流麗! 流麗でございます! 内親王殿下。



 アイカは心の中で惜しみない拍手をし、退出していくペトラ姉内親王とファイナ妹内親王の後ろ姿を、愛でた。



 ――美人姉妹パターンも、最高です!

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