第23話 北離宮の側妃
「プシャンオオカミね」
側妃エメーウが即座に断言し、懐かしむように目を細めた。
タロウとジロウは手入れが行き届いた北離宮の中庭で、大人しくおすわりしている。
テラスのカウチで背もたれに身を預けて座るエメーウは、故郷のオアシス都市ルーファで時折姿を見た、プシャンオオカミに思いがけず望郷の念に駆られながら話を続けた。
「プシャン砂漠の中でも、ルーファより北の方で生息してる狼ね。群れで行動しないから隊商を襲ったりはしないけど、人に懐いているのは初めて見たわ」
――おっと。いきなり君たちの素性が判明したな。
アイカは苦楽を共にした狼たちのことを教えられて嬉しい気持ちの反面、もっと幻獣的な存在なのでは……、という妄想が終わったことに小さく息を吐いて、自分に苦笑いを浮かべた。
エメーウの隣で瀟洒な椅子に腰を降ろすリティアは、そうなんですね! と、声を上げ、狼たちに目を輝かせた。母の語る生まれ故郷は、いつも瑞々しく光り輝き、リティアには未踏のオアシス都市に憧れがある。
「でも、私が知ってるより大きいから、プシャン砂漠の北にある山嶺の方で育ったのかもしれないわね。寒いところで育つと、体が大きくなるって聞いたことがあるわ」
「そうなのです! タロウとジロウは、アイカと山奥で育ったのだそうですよ!」
「あら、そうなのね。じゃあやっぱり、プシャンオオカミだわ」
先客だった第3王子ルカスの長女ペトラ内親王と次女ファイナ内親王も、興味深くエメーウの話を聞いている。
内心、大きな体躯に鋭い牙も見え隠れする二頭の狼に怯んでいたが、国王の御意を得た『陛下の狼』を蔑ろにはできない。
「大人しく静かに控えて、本当に賢い狼なんですね」
「毛並みも整っていて、陛下が王宮での滞在をお許しになったのも分かります」
年上の姪2人の賛辞に、リティアが誇らしげに胸を張った。
「私の宮殿の大浴場で、しっかり洗ってやったのです! だから、臭くもありませんよ!」
リティアが見せるドヤ顔に、まあと驚いて見せる一同の笑声が、離宮の広い中庭に響いた。
エメーウの療養のために建てられた北離宮は、塔――ミナレット――も備えた本格的なルーファ様式の城郭の態をなしており、建設資金は全てルーファが提供した。
プシャン砂漠を東から横断してくる北路と南路が合流し、王都ヴィアナに繋がる交易の中継都市として繁栄するルーファの経済力を誇示している。
皆が二頭の狼を眺めて談笑する中、アイカは側妃エメーウの美貌をこっそりと、愛でていた。
――いわば、肉食獣的美人とでもお呼びしましょうか……。
王宮に入って3日が過ぎ、美人や美少女、美男子や美少年を、日本にいたときも含めた24年間の10倍は見た。
もうさすがにお腹いっぱいになるのではと思い始めていたが、
――上とか下とかではなく、美人には種類がある。
という、発見に興奮していた。
日本ではせいぜいスクールカースト上位の、教室の範囲中でだけキラキラした女子や男子を目にする程度であったが、王都ヴィアナに暮らす王族や騎士たちが具える美しさに、圧倒されるどころか興奮している。
――もう、お国の信仰とか慣習とか関係ないね!
午前中に立ち会った『万騎兵長議定』で、この国の人たちは『美麗神ディアーロナ』が嫉妬して呪いをかけるのを恐れ、人の容姿を褒める言葉は口に出すことはおろか心の中にも浮かべないと教えられ、絶望的な気持ちになっていた。
褒めた者だけでなく、褒めた相手も呪うというのは、どうかしてると思ったが、宗教や信仰ではどうしようもない。信じるか信じないかだけだ。
いつか推し語りできる友達をつくりたいというささやかな夢は破れたが、自分が信じてない『美の女神』は、きっと、お目こぼしくださるはずだと開き直ることに、今、決めた。
それだけエメーウは美しく、同じ側妃のサフィナが見せる緩やかに引き寄せられる罠のような美しさとは対極的に、こちらの内側にある敏感なところにまで攻め込まれるような美しさを「肉食獣的」と、心の中で表現した。
病で療養中でなければ、心を制圧されて失神していたんじゃないかとさえ思った――。
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