第166話 新王の異変

 肩を抱いても頭を上げようとしないシモンに、アーロンが訴える。



「おやめくだされ、シモン殿。貴殿のお計らいには、ヴールで吉報を待つ公女ロマナ様も篤く感謝されております。このようなことをされては、却って私どもの面目が潰れまする。どうか、どうか、頭を上げてくだされ!」


 シモンは、アーロンの必死の訴えに、ようやく頭を上げた。


 そして、目を閉じて悔しそうな表情を浮かべながら、現状を報告していく。


「……リーヤボルクや西域の隊商とつながりの深い西の元締ノクシアスにも、それとなくあたっておりますが、やはり、なにも知らされてないようです。……ひょっとすると、既に王都の外に出されておるやもしれぬ」


「王都の外……」


「さすがに、リーヤボルク本国まで送られているとは思えぬが、こちらで探索の範囲を広げてみましょう」


「……お骨折り、かたじけない限り。ヴールの全臣民になりかわって礼を申し上げる」



 といったやり取りをした後、アーロンとリアンドラは、ルカス即位という重大ニュースの報に触れる。


 王都は虚飾に満ちた賑わいをみせた。


 心の底から、即位を祝っている者は誰一人いないように見える。


 アーロンとリアンドラも、苦虫を噛み潰したような顔でのパレードを見に大路に並んだ。


 しかし、



 ――これは……。



 ルカスの目は、あきらかに焦点が合っていない。


 周囲の装飾で華々しさを演出されているが、あの猛将ルカスの体躯が醜く太っていて動くのも容易ではなさそうである。


 ただ、武人であるアーロンとリアンドラを除き、周囲の民衆はルカスの異変に気付いていないようであった。



 ――薬を盛られたか、自ら享楽に溺れたか……。



 いずれにしても、新王は間違いなく傀儡であった。


 そして、ヨハンが北離宮に移ったことを知り、贈物を持って訪ねると、そこにサラナの姿があった。


 窓の向こう側ではあったし、やつれ果ててはいたが、間違いなく王太子侍女長のサラナであった。


 ロマナに随行した総候参朝の折、二人はサラナを直に目にしたことがあった。



 ――ここに、バシリオス殿下がいる!



 ようやくひとつの機密にたどり着いたアーロンとリアンドラは、内心の喜びを押し隠して、ヨハンに贈物を届け続けた。



「え、栄養の、あるものが、いい」



 というヨハンの求めにも応じた。


 頭は弱いが、心根の優しいヨハンが、サラナとバシリオスに与えようとしていることは、すぐに察することが出来た。


 疑われないよう、商人の身分で用意できる範囲で、出来る限り滋養のあるものを届けることにした。


 バシリオスは、ベスニクの義弟でもある。


 ファウロスに叛き、現在の混乱を引き起こした張本人であったが、衰えているのならば見過ごすことも出来なかった。


 その武張った身体に似合わず、ペコペコとお辞儀をしている夫婦に、怪訝な顔をした2人組の女性がいた。


 北離宮の様子を窺うため、定期的にそれとなく前を通る2人の目に、武人が無理矢理商人を装ったような胡散臭い夫婦は、不審に映る。


 が、それとは見せず、一人は和やかにお喋りをつづけ、一人は憂い顔でうなずいている。


 北離宮を通り過ぎて、北街区に入ると、



「もう何回もあの夫婦を見かけました。念のため、リティア殿下にもお報せしておきましょう」



 と言ったのは、アイカ専属の女官だったケレシアであった。


 隣を歩く、リティアの女官長シルヴァは無言で頷く。


 王都で目にする異変は、細大漏らさず伝えるのが2人の役目であった。


 すぐに、ルーファの大隊商メルヴェの館を訪れ、リティアにあてた書状をしたためた。


 シルヴァとケレシアが、メルヴェの商館に入る際には周囲に充分に気を遣っていたが、リティアの元女官たちの動きを、ヴィアナ騎士団はつかんでいた。


 しかし、配下の騎士から報告を受けたスピロ万騎兵長は、



「捨て置け……」



 とだけ言って、監視の目を解かせた。


 スピロは王宮から見える、北離宮を眺め、かすかに眉を寄せた。


 バシリオスに従い王ファウロスに叛いた。主君バシリオスに対する国王の仕打ちには、スピロにも腹に据えかねるものがあった。しかし、国王の命まで取るのはやり過ぎであると、今度はスパラ平原での決戦で、バシリオスに叛き、ルカスとリーヤボルクについた。


 配下だった千騎兵長カリトンは、そんな自分に愛想を尽かし、戦線を離脱していった。


 ルカスに従い王都に凱旋しても、スピロの気分が晴れることはなかった。


 自分を見る周囲の目にも険しいものがある。なかには、あからさまに侮蔑の表情を向けてくる者さえいる。栄光のヴィアナ騎士団万騎兵長のプライドはズタズタであった。



 ――すべてはバシリオスと、唆した筆頭万騎兵長ピオンのせいである!



 と、強く訴えたかったが、そんなことをすれば余計に自分が惨めになるだけであることも分かっていた。


 鬱々と過ごすスピロを拾ったのは、摂政正妃となったペトラ姉内親王であった――。

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