第165話 足繁く
アーロンとリアンドラも《聖山の民》であり、テノリア王国の臣民だ。
――王太子侍女長ともあろうお方が、お
と、やつれ果てた姿のサラナを見て、心を痛めた。
しかし、北離宮の見張りヨハンに贈物を届けるのは、サラナに同情しているからではない。
――いずれ、バシリオス殿下の幽閉場所を移すはず。ひょっとするとベスニク様と同じ場所にまとめるかもしれぬ。
その読みで、足繁く通った。
もともとは、アーロンが気散じに足を運んだ娼館でヨハンと知り合った。
頭が弱そうだと見込んだアーロンが、盛大にヨハンに飲ませ食わせた。その巨体を褒めちぎり、自分が娼館にいたことは嫁には内緒にしてくれと、秘密を共有するようにも持ちかけた。
潜伏している家に招いたヨハンを、嫁として振る舞うリアンドラも、にこやかに迎え入れた。
その頃のヨハンは、まだバシリオスの地下牢の担当ではなかった。
ただ、飲ませ酔わせ、関係を深めるに従って、ベスニクの幽閉を担当している兵と長い付き合いの幼馴染であることが分かった。
一気に切り込めば、かえってベスニクを危険に晒してしまうかもしれない。
アーロンとリアンドラは慎重に事を構え、まずはオリーブのピクルスを、ベスニクの元に届けられないか、ヨハンに頼み込んだ。
近くまで救けの手が来ていることをベスニクに報せたかった。
ヴール候には商売上で大変なピンチを救ってもらったことがあると、涙ながらに語るアーロンとリアンドラにほだされたヨハンは「ま、まかせて」と、胸を叩いた。
幼馴染の兵は怪訝な顔をしたが、ヨハンには借りがあったので、何も聞かずに引き受けた。
聞いて、巻き込まれるのも嫌だと思っていた。
毎夕の食事に、一粒ずつ与えるようにと、ベスニクの食事の指示を書き換えた。
やがて、ヨハンはバシリオスの地下牢で見張りを務めるようになった。前任者が娼婦と駆け落ちしてしまったのだ。統制の弱いリーヤボルク兵では珍しい話ではなかった。
すでに、なかば諦められ、存在を忘れられがちだったバシリオスの見張りなら、頭は弱いが篤実に仕事をこなすヨハンがいいだろうということで配置された。もちろん、その篤実さは斜め上に発揮された訳だが、アーロンとリアンドラは、ヨハンにあまり会えなくなった。
「アーロン。ほんとにヨハンに会ってるんだろうね?」
と、リアンドラが苦笑いした。
娼館で待ち伏せして一緒に入り、事後に語らっているというのが、アーロンの言い分であった。
ただし、職務に篤実なヨハンから、バシリオスの見張りが今の仕事だとまでは聞き出せていない。
また、ヨハンは今の仕事がよほど気に入っているのか、娼館を出ると酒の誘いも断って、ブツブツ言いながらスグに仕事に戻ってしまう。
「失礼な詮索をするなよ、リアンドラ」
「たまってるだけなら、私が相手をしてやってもいいんだよ?」
「バカ。なに言ってるんだ。……今のところ、しっかり喰い込めてるのは、頭の弱いヨハンだけだ。この糸を切る訳にはいかんだろうが?」
「そりゃそうだけど……、ロマナ様から預かった活動費で娼館通いっていうのもねぇ」
「むっ。私に恥じるところはないぞ?」
「でも、楽しんでるんだろう?」
「そっ、それはそうだな」
「外で待ち伏せするだけじゃ、いけないのかい?」
「そこはお前……、お互い終えたばかりの男同士で語り合うことで関係が深まるんじゃないか。それに、ヨハンもなにやら娼婦とのことを根掘り葉掘り聞いてくるしな。まるで、勉強してるみたいな勢いで聞いてくるんだ」
「いやらしいねぇ」
「……まあ、気持ちは分かるが、目をつむっておいてくれ。そのうち、ほかの兵士との関係を深める道も探ってみよう」
ガラの紹介でつながりの出来た、無頼の元締シモンのもとにも足を運ぶが、ベスニクの所在について確たる情報が得られない。
「無頼の噂話にも乗らないとは……」
と、シモンも一緒に憂いてくれる。
「いや、シモン殿。頂戴している情報だけでも、ありがたいものばかり。我らだけでは、こうはいかなかった、本当に感謝している」
「《聖山の無頼》として不甲斐ない限りだ。この通り、申し訳ない」
深々と頭をさげるシモンに、アーロンが慌てて肩を抱く――。
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