第52話 守護聖霊

 アイカが話し終えると、王太后カタリナは静かにアイカの頭を撫でた。



「この世界のことわりとは、異なる理の邦からいらしたのね」



 アイカは鼻をすすりながら、小さく頷いた。



「貴女を導かれた聖霊は、今も優しく見守ってくださってるようよ。弓矢はお得意? 貴女にある守護聖霊は弓矢の適性を与えてくださるようね」



 ――八幡さんのお陰だったのか。



 神社の立て札に『武運の神様 弓矢八幡』と書かれていたのを思い出す。



「あの……」


「なあに?」



 アイカはずっと疑問に思っていたことを、思い切って聞いてみた。



「しゅ、守護聖霊さんは、なんで『ある』って言うんですか? 『いる』じゃないんですか?」



 カタリナは少し戸惑ったような表情を見せた。



「考えたこともなかったわ。やっぱり異世界の方なのね」



 アイカはマズいことを聞いたかと狼狽えたが、リティアやクレイアに質問しなくて良かったとも思っていた。


 しばらく考えたカタリナが、優しい口調で語りかける。



「貴女は自分の右腕を『いる』って思うかしら?」



 アイカは腕を見た。


 ある。



「そういうことで、伝わるかしら?」


「な、なんとなく分かりました。ありがとうございます」



 お辞儀をしたアイカを、カタリナが抱き寄せた。



「本当に不思議な温もりの守護聖霊ね」



 かさついた老人の肌に触れるのは初めてで、アイカは軽く緊張した。



「騎士になれば一軍を率いられるだけの適性があるし、人を教え育てる適性もいただいてるわね。交易や通行の安全を守るのにも適性があるのね」



 立て札の『御霊験』の項を思い返す。



「狼たちにも正しい道に導く適性があるわね。本当に至れり尽くせりの守護聖霊」



 カタリナは自分の膝にアイカを座らせた。



「でもね、異世界の理は、この世界の調和を崩してしまうかもしれないの」



 優しく諭すような口調で話し続ける。



「守護聖霊は生まれ持ったものだけではなくて、信仰を深めて努力することで身に付ける者もいるの」



 アイカは、360以上の神殿が立ち並ぶ、王都の神殿街のことを思い返していた。


 特定の神殿に、足繁く通う者も見かけた。



「アイカの守護聖霊の御名おんなが知れ渡って、信仰する者が増えて『聖山の神々』の居場所がなくなったら、ちょっと可哀想だわ」



 それもそうだと、アイカは膝を打った。


 異世界こちらで神道の教祖になるつもりもない。


 そもそも、神社で読んだ立て札以上の知識もない。



「だから、御名は分からなかったけど、遠い異国の弓矢の神様のようだって、リティアに話してくださる?」


「分かりました!」


「あらあら。元気のいいこと」



 カタリナが笑貌を見せた。



 ――若いときは、とびきりの美人さんだったんだろうなぁ。



 アイカはカタリナの顔をじっと見詰めた。



「私は夫スタヴロス陛下の待つ冥府に、まもなく旅立つけれど、陛下に良い土産話が出来たわ」


「そんな……」



 目の前の老女が語る自らの死を、どう受け止めたらいいのか、アイカには経験がない。



「どうして……?」


「まあ!? 見て分からない? 歳なのよっ!」



 と、カタリナが浮かべた悪戯っぽい笑みは、リティアのそれと全く同じものだった。



 ――血は争えないとは、このことか。



 ふと、審神の女神『ネプシュモネ』の神像だという小石が、自分を見たような気がした。

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