第六章 蹂躙公女

第133話 凶報

 西南伯公女ロマナは、近衛兵リアンドラからの報せに首をひねった。



「王都より参ったというその娘が、ロマナ様に面会を求めております」


「……私を、名指しでか?」


「はい……。用件を聞いても、ロマナ様に直接申し上げるのだと、頑として答えず……。着ているものの汚れ具合からみても、王都より参ったということが偽りとも思えず…………。近衛としても、どうしたものかと……」



 リアンドラは女性には似合わぬ筋骨隆々の体躯を、少し小さく折り曲げて、主の顔色を窺っている。


 ロマナは執務机にペンを置いた。しばらく思案したが、思い当たることがない。



「まあいい、分かった。心当たりはないが、会ってみよう。その娘、今はどこにいる?」


「あまりに騒ぐものですから、中庭にて控えさせております」



 ロマナは立ち上がり、リアンドラを従えて執務室を出た。


 祖父である西南伯ヴール候ベスニクが王都参朝のために旅立ってから、政務はロマナに集中している。自分の名を知る正体不明の娘に会うのも、ちょっとした気散じになればよい、程度に考えていた。


 ただ、王都より来たという訴えに引っ掛かるものを感じない訳ではなかった。


 夕陽が射す中庭に出ると、細身の娘が平伏している。リアンドラの報告で聞いたよりも、衣服は汚れて見えた。



「西南伯公女ロマナである。私に会いたいというのは、そなたか。王都より参ったと聞いたが?」


「は……はい……」


「して、どのような用件だ? 私に直接伝えたいことがあるのであろう?」


「あの…………」



 側に控えるリアンドラが口を挟んだ。



「娘。せっかくロマナ様がお出ましくださったのだ。言いたいことがあるなら、遠慮なく申し上げよ」


「まあ、まずは顔を上げて見せよ。それでは話もできまい」


「あ、はい…………」



 恐る恐る顔を上げた娘は、空色をした瞳をおどおどと、しかし、せわしなく動かしている。



 ――公宮に直訴を申し出るような大胆さを持ちながら、いざとなれば躊躇うか。面白い娘だ。



 土埃に汚れているが、顔立ちは整っており、品のようなものも備えている。


 ロマナの興味が、少し駆り立てられる。



「娘よ。名はなんという?」


「あ……、ガラと……言います……」


「ふむ。それではガラよ。なぜ、私の名を挙げたのだ? 他の者ではいけなかったのか?」


「あの…………」


「うん」


「アイカちゃんから……聞いてて……」


「アイカ……?」



 リティアの選定詩に詠われたアイカは、既に王国中で知らぬ者はいない有名人だ。


 しかし、それは飽くまでも《無頼姫の狼少女》としてであり、アイカという名前を知る者は少ない。


 王都から来たという娘の口から、その名が出た。



「よし、分かった。続きは私の部屋で聞こう」



 ガラという娘が、自分にだけ知らせたい王都の情報を携え、土埃だらけになって駆けてきたことを理解した。


 ロマナはリアンドラに、ガラを自分の部屋に案内するよう命じた。



「されど……」


「なんだ? 私のために王都より駆けて来てくれたのだぞ」


「いえ……、そうではなく……」


「ん?」



 戸惑うリアンドラの視線の先にいるガラを、改めて眺めた。



「あっ! あははっ、そうか。これは、すまなかった。風呂に入れて、服を着替えさせてやってくれ。部屋に通すのはそれからでいい」


「はっ」



 ◇



 ――ほう。これは、なかなかに美しい。まるで、どこぞの姫のようではないか。



 ロマナが執務室で差し当たっての政務を終わらせ部屋に戻ると、キレイに洗い上げられたガラが座って待っていた。


 アイカが『磨けば光る』と、目を付けていたガラの美貌に、ロマナは軽く驚き、笑みを浮かべた。


 お茶を淹れたメイドを下がらせると、部屋にはガラと2人になった。



「さあ、これで他の者には聞かれぬ。遠慮せず用件を話してくれ」


「あの…………」


「うん」


「ロマナ……様は……、リティア殿下と……仲良しと聞いてて……。あっ。アイカちゃんから……」


「うむ……」


「私……リティア殿下には、すごくお世話になってて……あの…………」



 ロマナは自室にまで招き入れた娘の話を、ゆったり聞く心持ちになっている。


 お茶を口にしながら、微笑みを向け静かにガラの話を聞いた。



「それで……あの…………」


「うむ」


「ロマナ様のお祖父様が……捕まえられて、幽閉されたって……」


「なに………………」



 ロマナは思わず手にしたカップを落としそうになったが、かろうじて堪えた。


 そして、目の前でオドオドと祖父の凶報を伝えるガラの話を聞き漏らさぬよう、しっかりと耳を傾けた。


 心の内で、自らを奮い立たせながら――。

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