第134話 恩に報いる
「西南伯が幽閉されたらしい……」
という密談が聞こえて来たのは、孤児たちの館の土間からだった。
西の元締めノクシアスが、北の若頭ピュリサスに声をひそめて伝えている。
ピュリサスが思わず漏らした驚きの声から、事態の重さがガラにも伝わってきた。
――西南伯……さま……。たしかリティア殿下の親友だというロマナというお姫様のお祖父さん……。
ガラは、ノクシアスとピュリサスの話にそれとなく聞き耳を立てた。
「ヴールが黙っているとは思えんが……?」
「護衛の兵も神殿に押し込められ、事態がヴール本領に伝わるのは少し先になりそうだ」
「……なんと。なにが狙いだ?」
「さあな。どうも、ルカス殿下に手酷く諫言したようだが……」
喪に服するていのルカスが、日夜、大神殿で享楽的な生活を送っていることは、王都の民の間でも噂になり始めていた。
ヴールの神殿まわりでは戦闘になるかもしれない。うかつに近付かないようにと忠告してから、ノクシアスは館を立ち去った。
その後ろ姿が見えなくなるのを確認したガラは、ピュリサスに詰め寄った。
「ピュ、ピュリサスさん! 私に、馬を貸してください!」
「馬? ……別にいいけど、どうした? どこに行くんだ?」
「……ヴ、ヴールに……」
「ヴール!? ……聞いてたのか。いや、それにしても、なんでだ……?」
リティアとロマナの仲は内緒だと、アイカから教えられている。
しかし、リティアが王都にいれば、ロマナに急使を飛ばしていたことは間違いないだろう。
リティアへの恩に報いられるのは、今しかないとガラは思い定めていた。
「わ……私、行かなくちゃいけないんです。お願いです。馬を貸してください……」
「うーん……」
ピュリサスがガラの剣幕に押し切られたのは、真剣な訴えには訳を聞かずとも力を貸すという、無頼の習い性によるものも大きかった。
親分シモンのもとで、最も壮健な馬を用意してやり、路銀も持たせた。
「いいか、ガラ。ヴールは遠い。急ぐのなら、途中の街々で馬を交換してもらいながら行け」
「交換……」
「そうだ。ここだ、馬の腿の肉付きを見ろ。腿がしっかり張っていて、この馬と比べて見劣りしない馬に交換してもらえ。ボロ馬をつかまされたら、ヴールまでたどり着けないぞ」
「分かりました」
「賊を避けるには、出来るだけ大きな路を駆けろ。もし囲まれてしまったら、シモンの名前を出せ。賊には、リティア殿下の名前より効く。『北の元締シモンの使いだ!』と、大声で張り上げてやれ」
ピュリサスの親切に頭を下げ、弟レオンや館の孤児たちのことを頼んで、ガラは馬の腹を蹴った。
隊商だった父に習った騎乗は、見送るピュリサスに口笛を吹かせる腕前だった。
途中、ピュリサスのアドバイス通りに馬を交換して貰いながら進み、7日後にはヴールに到着した。
通常の半分以下の旅程でたどり着いたガラは土埃まみれで薄汚れていたが、かまわず衛兵にロマナに会わせてくれと訴えた――。
◇
ガラの話を聞き終えたロマナは、静かに頭を下げた。
「ガラよ。我がヴールの危機を、よくぞ報せてくれた。その身を顧みぬ行い、生涯忘れぬ」
「いえ…………、そんな……」
ロマナは頭を上げて、ガラを見据えた。
「これより我が側に仕えよ」
「え……? いや……あの…………。えっ?」
「そうか、すまぬ。貴人というものは、手前勝手に人の運命を変える。ガラの恩に報いるつもりで申したことであったが、そなたの事情も聞かずに申し訳なかった」
「いや……そんな…………」
「悪いようにはせぬ。しばらくの間でも良い。そなたから受けた恩に報いさせてはくれぬか?」
ロマナが口にした言葉は本心から出たものであった。
しかし、ヴールの最高機密を知るガラをそのまま野に返す訳にはいかないという事情もあった。最悪、口封じのために闇に葬ることも考えなくてはいけない。
だが、この美しく健気な少女を、そうしたくはなかった。
「気がかりがあるなら、正直に申してくれ。そなたはヴールの恩人だ。遠慮はいらぬ。なんでも言ってくれ」
「あの…………弟を、王都に残しています……」
「弟か。弟は可愛いものよの。私にも弟がいる。ガラの気持ちは、よく分かるぞ」
ロマナは目を細め、再びガラの話に耳を傾けた――。
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