第135話 斬首の報せ


「それはリティアにしてやられた。あいつ、をしているではないか」



 ガラから教えられた孤児たちの館の話に、ロマナは膝を打った。



「ヴールでも是非、同じことを始めよう」


「もともと、アイカちゃんが言い出してくれたことで……」


「そうか。無頼姫の狼少女も、ただ者ではなかったか。よし、分かった。ガラよ、弟のレオンは必ず私が引き取ろう」


「え……?」


「それに、7日で王都からたどり着くとは、騎士顔負けのスピードだ。心身ともに疲れておろう。いずれにしても、私の側に仕え、とりあえず身体を休めよ。このまま帰ろうとすれば長い旅路の道端で体力が尽きて倒れてしまい、二度と弟に会えぬことになるやもしれん」



 ロマナはガラに優しく微笑みかけた。


 そして、自ら自分の寝室に案内し、戸惑うガラを追い立てるように茶化して寝台で横にさせると、たちまち眠りに落ちた。


 まずは、誰も近寄れない自分の寝室に、ガラを匿った。


 リティアとアイカから、大切な宝物を預かったような心持ちであった。



 ◇



 ロマナは、側近の近衛兵、アーロンとリアンドラを呼び、ヴール周辺の警戒を強めさせた。


 西南伯幽閉の報が届けば、異心を抱く者が出ないとも限らない。ヴール本領より先に情報をつかむ列侯領があってもおかしくはない。


 加えて、ただちに王都に向けて斥候を放つようにも命じた。


 そして、表向きは平静を装いつつも、焦れるような時間が過ぎていく。すぐにでも自ら王都に出兵したい気持ちを抑え、詳報が届くのを待った。


 ガラはよほど疲れていたとみえ、2日ほど目を覚さなかった。


 自分のベッドを明け渡していたため、起こそうとするメイドたちを止め、ロマナは客間のベッドで眠った。


 起きたガラをメイド長のマヌエラに任せつつ、昼間は自らの執務室に置き、夜は一緒に食事をとって、湯に浸かり、機密を守った。



 ――また、キラキラのピカピカのお風呂に入れてもらえるなんて……。



 リティアが王都を脱出する直前、宮殿の大浴場に皆んなで入れてもらった。


 リティアもアイカもクレイアもいた。


 一生に一度の思い出だと感激していたガラだったが、今度は王国ナンバー2ともいえる西南伯家のお姫様と一緒に湯に浸かっている。


 その上、玉のような肌をしたロマナの背中を流させてもらっている。


 側に仕える者のだとは理解していたが、まるで夢の中にいるようで現実感が湧かない。


 起きたら、あの薄暗くてジメジメした地下水路にいるのではないかと思いながら、毎晩、眠りにつく。だが、毎朝、ピカピカのキラキラな宮殿で目が覚める。


 そして、一生縁のない場所と思っていた、ロマナの執務室に連れて行かれるのだ。



「暇にしていたら、気を揉むばかりであろう。私の側近としての仕事も覚えていってくれ」


「そっき……」


「側で仕えるのだから、側近ではないか?」



 と、笑うロマナに戸惑いながら、執務机に高く積まれた書類の整理を手伝う。



「なんだ、ガラ。そなた、文字が読めるのか」


「はい…………。リティア殿下につくっていただいた館で、教えていただいてました」


「やるなあ、リティア」


「それも、もともとはアイカちゃんが、殿下にお願いしてくれたことで……」


「狼少女。……弓矢の腕前だけではなかったか」



 ヴールのみならず、西南伯領各地から上がってくる書類を内容ごとに分類するのが、ガラの仕事になった。


 ガラには当然、ヴールに何のしがらみもない。西南伯領の列候に忖度するような事もなく、ロマナの指示に忠実に作業していく。大量の事務を捌かなくてはいけないロマナは、すぐにガラを重宝するようになった。


 さらに、メイド長のマヌエラから化粧を習ったガラは、より美しさを増している。


 神経をすり減らしていたロマナにとって、可憐で美しいガラと一緒の部屋で過ごすことは、一服の清涼剤のようにも働いた。



「ガラ……。そなた、計算も出来るのか……?」


「は、はい……あの…………」


「それも、狼少女か?」


「はい…………」



 ロマナは唸った。


 そして、検算が必要な案件はガラに任せるようになった。複雑な計算が必要なものも、教えればすぐに覚える。



 ――王国に名高い『侍女』とは、こうした者たちであろう……。



 リティアに仕えるクレイアという侍女も、貧民街から取り立てたと聞く。王国に比べれば、列候領の方が身分や出自にうるさい。ガラの美しさと明敏さは、ロマナの認識に大きな変革をもたらすのに充分であった。


 そうして5日ほどが経った昼下がり、ついに王都からの凶報が、ロマナのもとに届いた。



 父レオノラ――――、斬首。

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